第3話 心にいつも、正義
――――六年前。
「クラスト、これを見てみろ」
促されて視線を上げる。彼は分厚い本を軽く振ってみせた。
俺はため息交じりに答える。
「また勇者様の本? 好きだなぁリッチは」
艶のあるブロンドの髪の毛は、肩できっちりと切りそろえられている。上等な召し物で着飾った男の子、名をリッチと呼んだ。
クラストの父親をパン職人として雇っていた貴族。その息子である彼は、優美な眉を軽く傾けて、熱を謳う。
「勇者様は偉大なるお方なのさ。魔王との戦に勝利し、我ら人類に栄光をもたらしてくれる。この本にはそう書いてあった」
リッチは少し変わった少年だった。
「クラスト。私たちが大きくなって、未だに魔王の残存勢力が蔓延っていたのなら、僕とともに勇気ある冒険者になろうじゃないか。勇者様のようにね」
片目を閉じてウィンクなんてするものだから、俺は自分の二の腕をひしと掴んだ。
「リッチ様!」
仰々しく声を上げ、数人の子どもが彼の前に現れた。
リッチの父親はかなりの富豪で、屋敷の中に使用人たちの住まいを用意してくれた。俺たち家族は裕福ではないにしろ、この領主のおかげで貧しい思いこそせず、自適に暮らすことができた。
今となってはそれが当たり前でないことを、感謝するばかりだった。
「リッチ様、ケチなクラストなんかと話してないで、こっちで遊びましょうよ!」
子どもたちは、一丁前に侮蔑を含む視線を俺に投げかけた。
正義漢ぶるな、そう言われたこともあったかな。
さらに重ねて別の子が言う。
「クラストと一緒にいたら、いたずらもぜーんぶバラしちゃうんだよ」
告げ口するなら誘わない、これははっきりと覚えている。悪いことを悪いと言って、何が悪いのか。
「あんなつまんない奴よりさ、こっちでみんなと一緒に遊びましょうよ」
つまんなくなんかない。誰かを困らせることの方が、よっぽどつまらないじゃないか。
言いかえそうと拳を握りしめたクラストは、熱くなった体に心許ない勇気を芽生えさせる。
馴染めない者を排除してそれで勝った気になったり、貴族の子どもに気に入られることが何よりも大事だと教え込まされたり、
ひねくれてる――子どもながらにそう思った。
そんな彼らの奥、リッチは一人だけ真っすぐに、クラストを見つめていた。
彼がぼそっと何かを呟くと、途端に俺の口から声がでなくなった。
拳に入っていた力を緩める。凛々しい眉を動かさず、彼はただ静かに、ゆっくりと本を握りしめた。
「――クラストは確かに融通の利く奴じゃない……だけど」
彼の発声は野次を飛ばす子どもたちを一瞬で黙らせた。堂々としたその風格に、大人然とした態度が良く似合う。
「心にいつも、正義を持っているのさ」
輝かしい彼の金髪は、いつだって俺を明るく照らしていた。




