第2話 突然の訪問者
空気が湿っている。
昨日の一件もあって、外を歩く人はまばらだ。
日に日に街からは活気がなくなっていく。どこかで魔族の怒鳴り声が響くたびに、誰かの存在が消えてしまう。
人々が国を離れることはできなかった。
逃亡した人間の末路は知れている。勇者の一味と見なされ、魔族はどこまで追いかけてくるだろう。
勇者と人間、どちらかが消滅するまでジリ貧にすり減っていく。魔族もよく、こんなことを思いついたものだ。
もしこの国に勇者がいなければ、俺たちの苦痛に何の意味があるというのだろう。
希望の光は一転して、怨嗟を作り出す黒い星となった。
クラストは裏庭で飼う鶏小屋の掃除を頼まれ、沈んだ気持ちのまま藁を取り替える。
首を傾げる鶏たちが、艶のない瞳でこちらを覗き込んだ。
何も語らないその瞳は、じっと見据えたまま、動きを止める。
いまや人間も、家畜みたいなものだった。
魔族に抵抗することすら許されず、勇者が死ぬまで檻の中。
小屋の扉を閉じようとしたその時、古くなった干し草の中が揺れ動く。
一瞬、見間違いかと思ったクラストは、そこに潜む何者かの視線に気がついた。
「うわっ――――!」
声を上げた瞬間、”その人”は干し草から勢いよく飛び出してきて、すぐに俺の口元を袖で覆った。
「――ッ!」
鶏が鳴き声を上げて羽ばたく。
押し倒された俺は、小屋の中に引き込まれる。
裏の戸が開く音がして、
「クラスト? 何かあったのか?」
親父が俺の声に反応した。
倒れたまま、俺は精一杯の声で助けを求めた。
親父! 助けてくれーっ!
だが、命の危険を顧みず大声を張り上げたというのに、俺の喉はひとつも震えることはなかった。
馬乗りになった男は、唇の前に立てた人差し指を持ってくる。
「――――噤静」
くすぐったくなるような小声でそう囁く。
すると俺がじたばたと動かす手足から、何一つ音が広がらなくなる。
――――これは魔法だ。すぐに分かった。そしてその男は、あろうことか声を大にしてこう言い始めた。
「ごめーん! ただ転んだだけ!」
信じられなくなったクラストは、いまさら額から汗をかき始める。
模倣された自分の声。
父親は完全に騙され、「気をつけろよ」と姿も見せず、自宅へ引っ込んでしまう。
暗がりの影に包まれた彼は、クラストを遠慮なく見下ろす。ローブで顔を隠し、口元しか見ることができなかった。
まさか、この男は――――。
俺はゆっくりと視界を溶かす。
彼は言った。
「すまない、驚かせるつもりはなかったのさ」




