56、未来に向けて
二人は見つめ合う。
ミナはフローレンスが内心何を思っているのか、把握することができない。公爵令嬢として淑女教育を受けたという彼女は、常に微笑みを顔にたたえているため、感情が読めないのだ。
当時現国王陛下の婚約者候補として、フローレンスと現王妃が争った……正確にいうと、現王妃が敵視していたらしいのだが、淑女教育も完璧に終えていたそう。
それは今も続いているのか、目から感情を読み取ることはできなかった。けれども、ミナは視線を外すことはない。
今まで教会や先代大聖女に逆らったことはなかった。それが正しいことだと思っていたからだ。
当然、ミナは元大聖女。本当は自分が国へと帰ることが一番良い。ただ、それで教会は変わるのだろうか、とも思う。
まあ、これは表向きだが、一番は――
「一緒に旅をしよう」
ミナはレアと約束したのだ。初めての友人との約束。これは絶対守り通したい、と思ったからだ。
フローレンスは無表情でミナを見つめていたが、しばらくするといきなり口に手を当てた後吹き出した。そして何故か声を上げて笑い始めたのだ。ミナだけでなく、その場にいたほぼ全員が目を点にする。
笑い続けるフローレンスに執事は「お嬢様」と嗜めるように声をかけた。
「ああ、ごめんなさい。あまりにもミナが切羽詰まった……思い詰めたような表情で私に話すものだから、笑ってしまったわ。そんなに身構えなくてもいいのに」
「お嬢様が普段のように感情を見せないからでは?」
「まあその通りね」
執事の言葉に肩をすくめるフローレンス。彼女はミナの前に立つと、手入れが丁寧に施されている美しい手をミナの頬へと伸ばす。そして優しく触れた。
その触り方は昔と変わらないことに気がついたミナの目尻が、少しだけ下がる。そんな彼女を見て、フローレンスは満面の笑みをミナへと向けた。
「ミナ、貴女は自由に思うがままに動きなさい。王国のことは気にしなくてもいいわ」
「しかし! それだと私の治世が――」
王太子がフローレンスの言葉を聞いて、無意識に反論を叫ぶが……。
「だから何?」
地を這うような、普段のフローレンスからは考えられないような低い声。王太子と隣で俯いていたバルカスの肩が同時に跳ねる。彼女はそんな彼らをまるで不快な虫を射抜くかのように……冷酷に見据えている。
震え上がる二人が口を閉じたようだと判断した彼女は、ミナへと顔を向けた。
「貴女は王族に追放されたのだもの。もうランディアの聖女ではないわ。戻りたいというのであれば、私も手を尽くす予定だけれども……そうではないでしょう?」
そう言って片目を瞑るフローレンス。彼女はこのようにお茶目なところがある。なんてことないように話しているが、実際フローレンスなら言葉で告げたことは絶対実行できるはずだ。
もしミナが『ランディアに戻る』と話していれば、そのようになったはずだ。そして今回彼女は三人と共に行くことを選んだ……。
「ありがとうございます、フローレンス様」
嬉しさ半分、申し訳なさ半分でおずおずと頭を下げるミナ。そんな彼女の頭をフローレンスはゆっくりと撫でた。頭に触れられ驚いたミナは目を見開いてフローレンスを見つめる。彼女は嬉しそうにミナを見つめていた。
「いいのよ。貴女には私が至らないばかりに、沢山我慢をさせてしまったものね……これからは自分の人生を歩みなさい」
「……はい」
そう答えたミナの顔に憂いは残っていない。目覚めが良く、清々しい朝を迎えたかのようにすっきりとした表情をしていた。後ろではミナとこれからも一緒にいられることが嬉しくて、目に涙を溜めているレアがいる。彼女の後ろにいるベルドとウルも心なしか嬉しそうだ。
そんな三人の反応を見て、フローレンスは少しだけ目を細めた。自分で生きる道を選択できるミナが少しだけ羨ましかったから。フローレンスは一人感傷に浸っていたが、感謝を述べたミナの言葉で我に返った。
「ちなみに、教会のお仕事はどうされるのですか?」
正直今の聖女たちでは、ミナの代わりを勤めることができない……そう判断していた。
そもそも訓練に明け暮れていたミナとは違い、彼女たちは午前中だけ仕事に顔を出し、午後はアフタヌーンティーを中庭で楽しんでいるのだから。
ミナの言葉にフローレンスは優しく微笑むと、ミナも含めた周囲の者たちに聞かせるよう、声を張り上げた。
「私が行きましょう」
「えっ?」
「ですから、先代聖女である私の責任として、教会へと復帰しますわ。そして……教会を内部から変えていきましょうね」
その言葉を聞いたバルカスは、身体の力が抜けたのか……思い切り額を地面にぶつけた。




