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トラウマとの出会い

――――――――――――――――――――――――



 上半身血だらけの亡骸を前にヨノンは動けずにいた。人とは思えない脅威的な粘りを見せたヴァドが再び動き出すのではと恐れていたからだ。魔力は勿論、身体が動いている様子も生気も感じられないが、通常の考えでは理解が追い付けない現象が続いた故、変な妄想が働いてしまう。


 最後に放った魔法で魔力は底を付き、身体共にボロボロでもう戦える力など残されていない。例えヴァドが動き出したとしてもヨノンの方が明らかにマシではあるが、今のヨノンにとってヴァド程恐ろしい男は居らず、悪い方向ばかりに考えてしまう。



 目を離さずに恐る恐る近付くが、ヴァドは肉の焦げる臭いを漂わせるだけでやはりピクリともしない。ドクドクと血が各箇所の切断面だけでなく、毛穴という穴から出ていた。目の瞳孔も完全に開ききっており、死亡しているのは素人目に見ても明らかだった。



 ――さ、流石に死んでいるか...一体何なんだコイツ。下半身と右腕吹き飛んで、顔を二度もぶった斬られたっていうのに意識保つ所か動いて、ちゃんと魔力の籠った魔法を何発も撃った。世の中の強い奴らはこんな奴らばっかなのか?



 ケトラの横に立つために力をつけようと思っているヨノンであるが、初めてその目標が揺らぐ。どんな状況であれ、自分がもしこれ程の致命傷を受けてもあそこまで動ける自信などまるでなかった。無傷のヴァドの様子からそこまで大きな大義名分等を感じられなかったから尚更である。


 死んでいると分かっていながらも、ジロジロと観察をするヨノン。そんな彼はある点に気が付き、注目する。

 ヴァドの首に掛けられているペンダント。魔法の影響でボロボロであり、真っ黒に焦げてしまっていたが、何処かヨノンに思う所があった。



 ――この形....何処かで...



 記憶の片隅にあるモヤモヤとした何か。見た事あるような気がし、ヨノンはゆっくりとそのペンダントに手を伸ばそうとするが、物音が聞こえてその手は止まる。

 新手の敵が来たかと思いすぐに視線を向けるが、その物音とは早々に気絶をしていたサチコが呻き声を上げながら頭を抱えていた。


 今頃起きた彼女を目を細めて見るが、それでヨノンは現実に戻った。急いでヴァドの元を離れ、倒れているバドーへ向かった。



「ば、バドー...大丈夫か?」

「な...何とか...ッスかね?...そんな事よりヴァドは...」

「安心しろ、もう奴は起きたりはしない。今治してやるから...マエダ!早くこっちにこい!バドーが危険だ!」



 意識を取り戻して現状把握所か頭がまともに働いていない彼女だが、ボロボロの部屋と生傷の多いヨノン、そしてその近くで倒れているバドーと血みどろの死体に血相を変え、すぐに立ち上がって走る。

 ただ気絶させられただけだから仕方がないのだが、余りに余力がありそうでヨノンはイラッとした。


 辿り着いたサチコは思った以上に傷付いたバドーの傍に座り、彼を揺すって声をかける。



「ば、バドー君!大丈夫!!?あのヨノンさん!一体何が!?」

「説明は後だ。それよりバドーに回復魔法をかけてやれ。俺は戦いで魔力が完全に切れてる。」

「ちょ、ちょっと待ってて下さい!ちょっと時間を!」



 サチコはその場で目を閉じ、必死に魔力を作ろうとした。ここに来てからの憎しみや恨みに繋がりそうな事を何とか探していたが、何も知らないヨノンにとっては便意を我慢しているようにしか見えなかった。



「何してんだ...仲間だろ?早く治してやれよ。俺はバドーに助けて貰った。このまま死んでも気分が良くない。」

「わ、分かってます!でも私、感情型なんです。恨みを感じないと魔力が練れないので、ちょっと時間が....」

「感情型?....本当か?実在するとはな...成程、戦闘に参加しずらい訳だ。」



 焦っている上に暴走する懸念もあり中々サチコは魔力を練れずにいたが、暫くすると少量だが練る事に成功した。意識もハッキリし、以前会った黒い何者の気配もない。少量の為弱いがサチコはすかさず段階二・回復(レベル二・ヒール)をかける。


 サチコの魔力は今まで感じたことの無い感覚でヨノンは驚いた。

 少量故にハッキリとはしないが、例えるとスマホでみる奈落の崖と言った感じ。画像だけでも何となく伝わる恐怖感、それに近いものをヨノンは感じた。


 弱い回復魔法だが、今のバドーにとっては有り難すぎる応急処置。乾きに飢えそうだった所にコップ一杯の冷たい水を飲んだかのように、かなり身体が楽になった。



「ご、ゴメン、バドー君。今の私にはこれが精一杯で...」

「い、いえ...十分ッス。助かったッス....サチコさん。」



 最初見た時より話し方や表情にも余裕が見え、サチコはホッと安心するが、ハッとしてヨノンに向かって弁明をする。



「あ!わ、私あだ名でサチコって言うんですよ!バドーって言うのもあだ名で、私達の本名はマエダとエニシェンですよ!!」

「.......もういいよ、面倒臭い。サチコ、そしてこっちがバドーだろ?二人とも復国軍に所属してて、俺達が戦争に負けるように駆動魔機を停止しに来た....全部バドーとあの黒爪(ブラッククロー)に聞いたよ。」

「そ、そうですか....すいません。」

「謝ったら大人しくこのまま帰ってくれる訳じゃないだろ?ゴリアム皇国の兵士としてお前達の目的は阻止したいが...生憎そんな体力はない。それに、外の煙もある....いずれにせよ駆動魔機は止めなくちゃいけない。ま、お前はするべき事をすればいい。」



 止めたい気持ちは大いにあるヨノンだが、体力的にも精神的にも限界。バドーの身代わりという借りもあり、ここまで駆動塔を荒らされたとあればこの戦争にゴリアム皇国側に光など無い事は理解出来ていた。

 もしケトラならば、それでも戦う選択肢を取るだろうともヨノンは思うが、ここで意気地になればなる程ケトラがこの要塞から撤退して生き延びる未来が無くなると思った。


 ヨノンは溜め息を吐き、持つのもしんどい剣を置いて本格的に座り込んだ。もう暫く立つことが出来ないと感じる程の疲労感が彼を襲う。



「さぁ行けよ...駆動魔機を止め」



 .....ガコンッ!



 何か固く閉ざされた重厚な扉が開いたような音が聞こえた。駆動魔機部屋の扉程では無いが、音だけで厚さと重々しさを表すようなその音は三人がいるよりはるか前方、駆動魔機の方から聞こえた。

 その音にサチコは首を傾げながら注目するが、ヨノンは口をポカーンと開け、ヴァドの言葉を思い出す。



『あの中には人が入っています。AKNは個人の個性魔法(オリジナルマジック)ですよ。』



 ――わ、忘れてた....ヴァドだけじゃない、元凶が!



「さ、サチコ。気を付けろ。黒爪(ブラッククロー)だ。」

「え?...あ!そ、そういえば!」

「見ての通り俺とバドーは無理だ!お前がやるしかない!」

「そ、そんな...」



 どんな相手であり、その実力は不明であるが、外の麻薬煙の量を察するに相当の者である事は想像がつく。そんな守り人であるヴァド相手に二人がかりでボロボロである為、サチコの元々少なかった自信は瞬時に消える。


 だがどれ程自信が無くてもやるしかないというのは理解している為、サチコは短刀を抜いて構える。

 すると駆動魔機の陰から一人現れた。黒ローブを羽織ってはいるが、水滴が付いた生足で裸だと想像はつく。

 ぴちゃぴちゃと足音を鳴らしながら現れ、毛がなく肉付きからして女性のようなその人物は、駆動魔機の前に立つと、その場で前のめりで突然と倒れた。

 倒れ方も力が無くなったような感じであり、不気味さよりも心配が勝ってしまう。


 暫くするとその人物は片手で頭を押え、うねり声を上げながら起き上がる。まるでたった今起きたかのような反応であった。



「ん...ん〜...痛っ....何なの?何処?ここ....」



 自分から現れた癖に何も状況が分かっていない言葉と反応を出す。そんなあからさまの芝居は不気味さと警戒心を増すばかり、サチコは短刀を握る力を強めた。

 女性は未だに演技を続け、キョロキョロと辺りを見回すが、前方にいるサチコらを見て固まった。

 ゆっくりと立ち上がり、そして顔にかかっていたローブを脱いで素顔を明かす。


 その顔を見てサチコの思考も凍り付く。目を見開き、ぶわっと腹の底から冷たい何かが混み上がり、汗となって現れる。ドクンッ!ドクンッ!と心臓の音が聞こえ、今目にしているものが夢なのではと考え始めてしまう。


 耳にかかる程度に伸びているショートロング茶髪、少し大きく見覚えのある目、少し丸っこい童顔、身長は小さめであり、ローブの中から僅かながら突き出る胸。水気があり、髪や顔には今も水滴は垂れているが、サチコにはその人物の事は見覚えがありすぎた。



「あ....朱音...さん?」

「嘘....もしかして、委員長?」



 その反応、そして声、間違いないとサチコは確信した。元々居た世界でサチコをイジメ、自殺にまで追い込んだ元凶の一人、如月 朱音であった。

 瞬時にサチコは元いた世界での出来事を思い出す。罵詈雑言を浴びせられ、殴る蹴るの暴力行為や度を過ぎた嫌がらせ、そしてレイプ。


 鼓動は更に激しくなり、あまりの活発さに呼吸が荒くなって心臓がギューッと痛み始める。この世界で酷い目にもあったが、それ以上に人の温かさに触れたサチコにとって、自分の心を殺した地獄を与えた者を前にするのは何より苦しかった。


 アカネもアカネで驚いていた。仮面は付けていて素顔は全て見えないが、所々割れている箇所、そして彼女の着ている制服が通っていた学校のものと瓜二つだった為、疑惑半分であった。



「その制服...も、もしかしてここって日本!?ねぇ!委員長!!」

「ち、違いますよ。日本とは別の...」



 話すのも苦であるサチコは目線を逸らしながら言うと、一瞬明るくなった彼女の顔は暗くなった。悪夢から覚めることなく、アカネは目に涙をうかべて目を擦った。



「....あ、あのね委員長。もし会えたら私、言おうとしてたの。あの時は...本当にごめんなさい!酷い事をしてたずっと....」

「な、何ですかそれ....私に謝れば元の世界に戻れるとでも思ったんですか!?私がこの世界に貴女を導いたとでも思ってるんですか!?残念ですけど、そんなのは貴女の幻想。

 それにそんな見え透いた嘘の謝罪...聞きたくもないです。」

「違うの!確かにそういう思いも多少なりともあったけど、本当に謝りたかった!現世にいた時からずっと....」



 そう言って頭を下げるアカネ。そんな彼女の謝罪はサチコの胸に響くはずもなかった。散々酷い仕打ちをしてきた筈なのにその償いが一つや二つの謝罪。割に合わなすぎて悔しさすら覚える。


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