執念
ヨノンの声でビクッと身体が跳ね、魔法はギリギリ放たずに済んだ。それと同時に逃げていたヴァドはヴァドらしき何かに変化。変色し、痩せこけ、木人形へと変化した。
その事に驚愕したバドーは上を見る。
天井には嬉しそうに見つめるヴァドがぶら下がっていた。
――君なら木人形の擬態に気付いてくれると思っていましたよ。その上、それもフェイクだと気が付き、散々言っていた床下に私が隠れてると勘違いをして魔法を放ってくれれば最高でしたが....ま、それは期待しすぎでしたね。そのお陰で...いい表情ですねバドー。やはり貴方は愚直で愚かな所が似合う。
まさかの位置に目を丸くする放心顔のバドーに満足し、口角は上がり続けるヴァド。そんな彼を認識し、慌てて標準を定めようとするがそれよりも断然に木人形の方が早い。
先行してきた一体の木人形により手刀がバドーの首元に放たれる。木刀と呼ぶには余りに鋭い刀に変身したその手刀、バドーはその攻撃を防ぐ暇も、その前にヴァド本体を攻撃する時間もなく、手刀が自分の首を掻っ切ると分かっていながら呆然とするしかなかった。
....ザクッッッッ!!
鋭い刃物が勢い良く刺さり、体勢がグラつく。身体が石化したかのように固まり、支えも無いまま倒れ行く。
バドーは目に焼きつけるかのようにしっかり見ていた。自分に迫る木人形の手刀、そこから横切りってその手刀に刺さり、軌道を変えた短刀を。
木人形がバドーの首を掻っ切らず、刺さった短刀の勢いを殺せずに倒れ込むのを上から見ていたヴァド。顔が固まり、ゆっくりと視線を変える。
彼の目線は捕まっていたヨノン。彼は右手を大きく広げ、魔力を放っていた。息を荒げ、真剣な眼差しでヨノン....否、短刀を見つめていた。彼の個性魔法・引き寄せであった。
その事を瞬時に理解したヴァド。顔にへばりついた笑顔が瞬時に消え、冷や汗がぶわっと湧き、自分が散々愉快だと言っていた焦り顔になる。
――ま、不味い!!!
すぐにヴァドはバドーを見る。そこにはヨノンの機転を活かし、こちらに向けて右掌を翳す彼の姿。
「撃てぇぇぇぇ!!バドーォォォォォ!!!」
ヨノンの叫びと同時にバドーの表情に力が入り、右掌から膨大な魔力と光が放たれる。ゾクゾクと体験したくも無い悪寒がヴァドを包み、全身と前方に木の壁を作りながら天井に引っ込む。が、それは余りに遅く、僅かの抵抗にもなりはしなかった。
「個性魔法・段階上昇!五から六へ!
段階六・爆撃弾!!!」
バドーの掌から膨大な魔力の塊が飛び出す。人一人...否、十人をも飲み込める凝縮された魔力と火の玉が発現する。存在しただけでバドーや周辺の大気は震え、床は半壊。バドーも体勢を保つので精一杯であり、すぐに放つ。
空を切り、目に止まらなぬ高速で天井に衝突。その瞬間、その場で爆発が発生する。
魔力と爆撃の衝撃は大気を押し、バドーもヨノンも熱と大気で身体を押し潰され、床にへばりつく。駆動魔機が正常に動かず弱まっているとはいえ、魔力に強い壁は意図も簡単に破壊。直視出来ない閃光と脳を蝕む爆撃音にバドーとヨノンは目を瞑り、ただ上から押される圧力に耐えるしか無かった。
外の圧力がなくなり、激しい耳鳴りに視界と意識が混濁のまま、二人は天井を見る。
天井は隕石が降ってきたかのようなクレーターが形成され、脅威なのは幅ではなく縦。まるで上の第二層が見えてしまうのではと思えるくらい奥へと爆発の衝撃は襲っていた。
爆発の衝撃で本来だったら発生する天井の瓦礫も粉砕され、駆動魔機による魔力補給もあるので落ちてくるのは小さな瓦礫。おかげでバドーやヨノン、そして部屋の端で倒れているサチコも瓦礫の影響は無かった。
「はぁ....はぁ...グッ!」
「ば、バドー!」
バドーは頭を押えながら苦しそうに蹲り、ヴァドの拘束から解かれたヨノンは彼に近付いた。ヨノン自身も身体がボロボロであり、爆撃の衝撃で酔っ払いの千鳥足のような足取り。
「おい!....大丈夫かバドー。」
「えぇ...魔力がすっからかんなんで...酷い頭痛と吐き気ッスけど何とか....」
「そうか...それにしても凄い威力だ。これが段階六....」
「いえ...本来の段階六はこれ以上ッス。個性魔法で無理矢理上げましたけど、魔力はギリギリ...攻撃用の段階六として最低限が放てたってくらいッス。本家なら多分自分らも巻き添え食らってた筈ッス。」
そう言われて再び天井を見るヨノン。地上に向かって伸びる洞窟のような跡を見ながら眉をひそめてドン引きしていた。
「いや...十分だろこれ。」
「それより、助かったッス。あの短刀が無ければやられてた....」
汗だくで顔を歪ませながらも精一杯の笑顔でお礼を言うが、晴れ晴れとした気分のバドーと違いヨノンの顔は暗い。
「あれは....お前用だったんだ。もしヴァドを上手く倒せたとしても、囮の時点で俺はお前が裏切っても対応出来ないって思ってさ...ヴァドに向かう前にこっそり仕掛けてた。
お前は良い奴だと思っても...敵じゃないとは限らない。事実...敵だしな。」
「ヨノンさん...」
「俺はお前がどうであれ、ゴリアム皇国の兵士として戦う。だから...礼を言われる筋合いはねぇさ。」
「だとしても自分は助かった。だから礼は言わせてもらうッス。それが自分流なんで。」
密かに命を狙われていたと知ってもバドーは嫌気一つ見せずに頭を下げる。そんな彼の態度に眩しさを覚えるのと同時に罪悪感が過り、ヨノンは何とも言えない感情に蝕まれる。
....グチャッ!
生々しい物音が聞こえると、そこには下半身が無いヴァドの亡骸があった。残された上半身も全身丸焦げで赤黒く、右腕が吹っ飛んでいる。バドーがやった事を見せつけるかのように断面図から内蔵が零れており、バドーの顔色は悪くなる。
「ヴァド...」
「気にするなバドー...一歩間違えてたら俺達がああなっていた。それにしてもなんて奴だ。あれ程の魔法を食らって全身粉々じゃないなんて。」
「少なくともアイツは魔法でガードしていたし、天井に潜っていたから中心からズレてた影響ッスね。
それに....殺されたとしても気にはするッス。例えどんな悪人だろうが、命を奪ったんスから。」
自らの過去を思い返しても良いと思える記憶が一ミリたりともない。幾度となく痛めつけられ、心を殺されてきた。言い訳の余地もない屑中の屑な存在。
だがそれでもバドーは浮かない。バルガードの影響を一心に受けている彼にとって、他人の命を奪うことに気持ち悪さを感じていた。
「...........段階....三」
蚊の羽の音かのような小さな声。聴き逃しそうな程の音だが、二人の耳には大きく聞こえ、すぐにその声の方を見る。ピクリとも動いていないヴァドの亡骸を見て二人は顔を真っ青にしていた。
「まさか...いやそんなはずは」と頭の中で不安と恐怖が満たされ、息を飲むのも忘れるくらいであった。
不安は現実となった。
ヴァドの上半身が勢い良く起き上がり、二人に向けて残った左手を伸ばす。口や目から血を流しながら睨みつける彼の姿に二人は感じたことの無い強烈な恐怖を覚える。
「雹弾!!」
ヴァドから放たれた三発の氷の弾丸。その三発ともがヨノンの方に向かっていくが、まさかの復活に意識が持っていかれ、ヨノンは反応が遅れてしまう。
「し、しまっ!」
気がついた時にはもう遅く、ヨノンは避ける事が出来ない距離まで何もしなかった。咄嗟に両腕をクロスさせ、防御の体制をとる。
氷が弾ける音が聞こえる。しかしヨノンの身体に魔法が当たったという信号もなく、ヨノンはガードを解くと、バドーが両手を広げながら彼の前で盾となっていた。
段階三の魔法は基本威力に掛け、殺傷能力はない。が、魔力が無く、身体共に余裕が無い状態で受けて無事な程の弱さはない。バドーのやった事はかなり危険な行動であり、事実バドーは血反吐を吐きながら倒れた。
「ば、バドー!なんで!お前に俺を守れる余裕なんて無いだろ!」
「ゲホッ!....た.......助けて....貰った....礼........ッスよ。」
口角を上げながらそう答えるが、目を細めて血を吐き、ブルブルと小さく痙攣している。生きてはいるが危険な状態だった。
「クッ!ば、馬鹿や」
バドーの身代わりに怒りと感謝を感じたヨノンは顔を上げると言葉が詰まった。それは数十メートル先にいたヴァドに変化があったからだ。ヴァド...否、下半身を失った人の形をした植物がウネウネと動き、何とか人の造形を作ろうと必死になっていたのが見えたからだ。
嫌な予感がし、振り返ってみる。だが、振り返る途中で背後に音も気配もなく近づいていたヴァドの手がヨノンの首を横切った。
首に何か当たったと認識した直後、彼の喉は赤い線を描き、そこから液体を漏らした。
「が...がはっ!」
両手で首を抑えながら蹲るヨノン。丸焦げ状態のヴァドはそんなヨノンから視線をバドーへ移し、下半身を木の模型で補った彼は頭を踏み潰そうとする。
だがその直前、ヴァドの顔に刃が入った。銀色の刃はヴァドの右側の額を切り飛ばし、赤黒い血と共に白い骨まで見えるほど深かった。
片手で首を抑えながらも、ヨノンは個性魔法で木人形の攻撃を阻止した短刀、ケトラからの贈り物でヴァドを斬ったのだった。
「こんなかすり傷、致命傷になんかならないぞ!」
これは虚勢ではなく真実。ヨノンの首は切れているが、首の皮一枚と言った所。ただ血管には僅かながら届いている為、大袈裟に血が流れてはいる。
額を切り飛ばされたヴァドはグラッと後ろへ倒れそうになるが、まだ意識があった。グッと堪え、個性魔法でヨノンの身体に木の触手を四本もぶつけた。
ヨノンはそれを防げずまともに食らうが、彼を襲った木はヨノンの身体を貫く力は勿論、その衝撃に耐える程の耐久力はなかった。当たった所から木はボキボキと折れ、幾ら疲弊していてもヨノンの命には届かない。
「お、お前....さっさとくたばれ!!!個性魔法・引き寄せ!!」
ヨノンは左手に魔力を込めると、落ちていたヨノンの剣が引き寄せられる。そしてその剣はヴァドの身体を貫き、ヴァドの身体は固まる。そんな彼にトドメの一撃、ヨノンは彼の顔を上から斜めに短刀で斬った。
短刀は右目玉や鼻を切り裂き、頭蓋骨をなぞって肉を斬る。たちまち血が噴水の如く溢れ出し、ヨノンの身体を赤く染める。が、ヴァドの左目は死んでいない。
「れ...段階....四」
「なっ!!れ、段階四・爆弾!!」
勝負は決まったと思っていた筈が驚異の粘りを見せるヴァドに驚き、ヨノンは慌てて魔法を放つ。流石にヨノンの方が早く、彼の全魔力による爆発魔法はヴァドを吹っ飛ばす。
下半身の木はボロボロになって離脱し、ヴァドは爆発の煙を纏ったまま床をゴロゴロと転がる。転がり終わった彼は身体から焦げ臭さと煙を上げながら仰向けに倒れていたが、ゆっくりと左手を上へ上げる。
「う、嘘だろ....こいつ...」
「レ....ベル...三....ライト....ニング。レベ...ル....四....フレイ...厶。レベル....四......ボム...ド....レベ....ル........三....アイス....バ........レッ................」
目の前に幻影が見えるのか、ヴァドは何度も魔法を放ち、誰もいない天井目掛けて攻撃を放つ。どれもしっかり魔力の籠ったちゃんとした攻撃であり、ヨノンのヴァドに対する恐怖感は度々更新されていった。
しかし流石に限度もあり、ヴァドは声が小さくなるのと同時に魔力も極端に弱まり、そして力尽きたのであった。




