2 宙弥、追放される(他二名)
2 宙弥、追放される(他二名)
「はいはい、お疲れ様。二人とも、初陣にしては合格点―― と言いたいところだけど……」
ノエミ先輩はそう言いながら近づいてくると、戦闘前に投棄した僕の荷物バッグを手渡してきた。受け取ったバッグの重みが、先ほどまでの実戦が現実だったことを改めて実感させる。
「宙弥、今度からは戦闘中の不注意な大声は気をつけなさいよ? 今回はなんとかなったけど、次はアンタだけでなく仲間の命取りになるわよ?」
バッグを受け取る僕の指先に、ずしりと重みが伝わる。それはただの荷物の重さではなく、僕の失態が招いたかもしれない“最悪の結末”の重さだった。
「……はい。すみませんでした」
僕は顔を伏せ、素直に謝罪を口にする。
「まあ、無事だったんだから、いいじゃないですか! 戦利品を回収しましょう!」
重くなりかけた空気を、リーアが明るい声で塗り替える。
彼女は小走りでゴブリンが霧散した場所まで行くと、地面に転がっている小さな黒い石―― 魔核石を指差した。
「そうね。換金するんだし、さっさと拾いましょ。敵に見つかる前にね」
ノエミ先輩の指示で、僕とリーアは先程の荷物バックに、魔核石と敵が残した装備を拾って詰め込む。
「先輩。この調子なら、私達の『使命』も意外とあっさり果たせそうですね!」
戦利品を拾い終えたリーアが、弾むような声で言った。
「今回はゴブリン二体だから、楽勝だったんだ。魔界の深淵に向かえば向かうほど、魔物が強くなるのは、授業で習っただろう?」
「……そっ そっすね……」
「授業中ゲームしてたな?」
図星だったのか、リーアは「あはは……」と気まずそうに視線を逸らす。
その横顔を見ながら、僕は心の中で小さく呟く。
「……“使命”、か」
リーアも、そして後方で酒(本人曰く水)を煽っているノエミ先輩も、自覚の有無はさておき、背負っているものは同じだ。
僕たちの使命、そして聖徒戦士として戦わなければならない理由。
それは、八年前まで遡る……。
###
八年前、僕は前前世と前世の善行が認められ、主(神様)によって人間から天使になり、<ヲタトロン>としてサブカルを守護していた。
……いや、正確には“させてもらっていた”だ。
天使になったある日、僕は特別任務で地獄のジュデッカに投獄されていた、元ルシファーの監視を任される。
しかし、僕はルシファー達の【卑劣で巧妙な罠】に引っかかり、脱獄を許してしまう。
主はいつも穏やかで暖かな光を放っているが、怒ると輝きが増す。
当然、今は直視できないほど凄く輝いている。
「我が与えた使命を果たせず、ルシファーを逃がすとは、この失態は―― いや、この大罪は許すことはできん!!」
「すみません、ほんとすみません」
僕は跪き平謝りするが、もちろん許されない。
「キサマのようなダメ天使は、この天国から――いや、この世界から追放する!
ゴー・トゥ・ヘルだ、コノヤロウ!」
「そっ そんな……!?」
僕に告げられる残酷な処罰!
しかし――
「だが、そんなダメ天使のオマエにも……我が慈愛を与え、贖罪の機会を与える」
「本当ですか!?」
僕がホッと安堵したのも束の間、主は処罰の詳細を僕に伝える。
「オマエはこれから人間に戻って、再び異世界バシレイアで生きるのだ」
バシレイアは、主が特別に創った世界。
そして……
「前世の僕が転生して、善行を積んだあのバシレイアですか?」
僕がゴブリン相手に余裕があったのも、前世での戦闘経験があったからだ。
「そうだ。だが今回は、強力なチート能力など一切与えん! 非力な人間のまま“聖徒戦士”となり、命を懸けて魔族から平和を守るのだ。それが、キサマに与える贖罪の機会だ!」
あまりにも過酷な条件に、僕は思わず両手を地面に突いてしまう。
(あの世界の人間は、魔物と戦うために身体能力が高い。それでも、主から与えられる【ギフト】次第では、現地人でも聖徒戦士にはならない……。贖罪であることから、そのギフトもおそらく期待できない……。これは、最悪生き残れるかどうかも怪しいぞ……)
不安要素ばかりで、思考はマイナス方向に向かう。
おかげで地面から手が離れず、頭を上げることができない。
(しかし、ルシファーを脱獄させてしまったのは、紛れもなく僕の責任だ……。受け入れるしかない……)
僕はそう考え意を決すると、気合で頭を上げる。
――が
(あっ まだ眩しい!!)
主の輝きはまだ収まっておらず、僕は再び頭と視線を下げた。
「あと、贖罪分の功績を稼げずに終わったら、その分は煉獄で浄化の炎だから、気合いを入れろ!!」
「はっ はい!」
(煉獄確定だな……)
僕が再び地面に手をつくと、主は僕に救済措置を与えてくれる。
「しかし、オマエ一人では心細いだろう。コヤツも連れて行けーい!」
隣にドスンと何か落下する音が聞こえたので、横を見て確認すると……
「アイタタ……。うわっ!? 眩しい!」
隣で尻餅をついていたのは、後輩天使のゲェムエルであった。
そして、主の輝きを逃れるために、すぐに僕と同じ体制になる。
「コヤツは、我の使命を忘れゲームばかりしていたので、罰として同じく人間にして送り込む。二人で協力して、贖罪の戦いをするといいぞい!」
だが、主の裁定に不服なのか、彼女は反論をおこない始めた。
「主よ、待ってください! 私はゲームを守護せよと命じられました。なので、ゲームをして何が悪いんですか!? 横暴です!!」
勇気のあるやつだ。いや、無謀というべきか。
「言い訳してんじゃねえぞ!? 守護するのに、実際にゲームする必要はないんだよ!!」
「すみません! ほんとすみません!!」
案の定、無謀であった。
「では、これよりヲタトロンは<榎森宙弥>、ゲェムエルは<リーア・ボワイエ>として、人間界で使命を果たすのだ!!」
こうして、僕――
<榎森宙弥(10)>と<リーア・ボワイエ(9)>は、人間としてバシレイアの地に降り立つことになった。
(ここは……アパート?)
僕達が転送された眼前には、一棟の新築アパートが建っていた。
「アンタ達、やっと来たわね」
声のする方を見ると、そこには見覚えのある女性が缶飲料を片手に、佇んでいた。
「ノミ先輩!」
僕達は声を揃えて、先輩の名前を呼ぶ。
彼女の名前はガブノミエル。天使時代の僕達の先輩だ。
僕たちがこの世界へ送られてくる、さらに七年前。主からの使命をサボり、酒ばかり飲んでいたことで、天国を追放されたと聞いていたが……
「先輩もこの世界に飛ばされていたんですね」
「ええ、今は<ノエミ・ブラウブルガー>として、この世界で司祭見習いをやっているわ。話はラファエル様から聞いたわよ。ヲタ、災難だったわね。ゲェムは……まあ、自業自得ね」
ノミ先輩は、そう言って缶の飲料を一口飲む。
あとラファエル様は、主からこの世界の管理を任されている天使だ。
「それよりも、今日からこのアパートがアンタ達の住む家よ」
アパートには【天使の園】と書かれていた。
二階建てのワンルーム十二部屋のみで、見た目は普通のアパートだ。
「凄かったわよ~。主の力で、朝起きたらもう建っているんだもん。驚いていたマリナさんとユミハちゃんには、最新鋭のブロック工法って誤魔化しておいたわ」
「主が僕達のために……」
僕は主の心遣いに感動していると、先輩が説明を続けてくる。
「ここは<極東地区>でも、一番東にある<戸部来村>。豊かな自然に囲まれたと言えば聞こえはいいけど、風光明媚な場所よ」
見渡すと、山々にぐるりと囲まれた辺鄙な山間の里山風景が広がっていた。
「――で、ここは村で唯一の教会<戸部来教会>の敷地内で、隣に建っているのが司祭館。その奥が聖堂で、渡り廊下で繋がっているわ。ご飯は司祭館で司祭のマリナさんが作ってくれるから、一緒に食べればいいわ」
「至れり尽くせりですね」
「あと、アンタ達―― まあ、私もだけど孤児って設定で、この天使の園は孤児院という名目で建てられているわ。あと、私も今日からこのアパートで住むから、そのつもりでいてね」
転生してきた僕達は、両親のいない十歳の子供だ。確かに孤児が一番、自然な設定だろう。
昼食の時、僕達は司祭館のダイニングルームで、マリナさんとユミハちゃん親子と挨拶を交わす。
「わたしが、この教会の司祭マリナ・G・ハスキンです~。よろしくお願いしますね~」
マリナさんは三十代くらいで、口調通りおっとりとした雰囲気を纏った美人の女性。
「ユミハ・H・ハスキンだよ。お兄ちゃんたち、よろしくね」
そして、ユミハちゃんは8歳で、元気一杯の美少女といった感じだ。
昼食を終え、自室の前に戻った時のことだ。一羽の白い鳩がひらりと舞い降り、嘴に咥えていたメモを僕の足元へ落とした。
(なんだろう、これ……?)
拾い上げて広げた紙には、殴り書きの文字が躍っていた。
<教会裏、田母流山の山頂にて待つ。サブカルフォン>
サブカルフォン――
元人間で僕と同時期に天使になり、同じくサブカルチャーを守護している。
(何の用かな。まあ、行ってみるか)
標高333メートル。三角錐のような形をした田母流山は、健脚なら30分もかからず登り切れる場所にある。僕は翼を休める間もなく、教会の裏手へと歩き出した。
山頂へ辿り着くと、そこには十代後半ぐらいの少女が立っていた。
腰まで届くアリスブルーの髪。
僕の姿を見つけるなり、さーちゃんはそれを光の尾のようになびかせて駆け寄ってきた。ふわりと淡い青が空に溶け、足を止めた彼女は、不満げに頬を膨らませて抗議の声を上げた。
「もう、遅いよ! 義兄さん!」
サブカルフォン―― 通称“さーちゃん”。
主によって“義理の妹”という属性を付与された、僕のパートナーだ。彼女は事あるごとに、この設定に忠実な振る舞いをしてくる。
「そう怒るなよ。十歳の子供の身体でこの急斜面は、結構こたえるんだから」
僕は膝に手をつき、荒い息を整えながら答えた。天使時代なら造作もないことでも、今の身体能力では、相応の制限がつきまとうことを改めて実感する。
「それにしても…… 本当に十歳になったんだね」
さーちゃんは、僕の頭のてっぺんから足の先までを、検分するようにじっと見つめた。その瞳には、先ほどまでの刺々しさはなく、興味津々といった色が浮かんでいる。
「それで、僕を呼び出した用事はなんだい?」
僕は少しだけ首を逸らし、自分より背が高くなった彼女を見上げるようにして問いかけた。




