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ディヴィーナ・コンメディア  作者: 土岡太郎


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1 始まりの試練

 1 始まりの試練


「神は耐えられない試練を与えない」

 コリントの信徒への手紙一


 ###


 神と魔法と科学が共存する世界【バシレイア】。

 唯一神を信じるハギオス教会が秩序を司り、

 そして―― 魔のモノと戦う“聖徒戦士”たちが、魔界からの侵攻を防いでいる世界


 この物語は、そんな聖徒戦士になって頑張る青年<榎森宙弥(えのもりちゅうや)(18)>から始まる。


 ##


 春うららな4月の半ば――

 僕は後輩<リーア・ボワイエ(17)>と魔界に魔物狩りをしにきていた。


「あーあー、こちら宙弥。位置に付いたか? オーバー」

『こちらリーア。位置に付きました、オーバー』


 リーアのささやき声が、魔導インカムに乗って届く。


「……このオーバー、いるか?」

『いらないと思います』


「じゃあやめよう」


 僕たちは聖徒戦士の養成学校を卒業し、今日が初めての実戦だ。

 厳密に言えば、僕は”今世”では初陣である。


 なので、形式通りにやってみたが、正直面倒くさい。ここからは、僕たちのやり方で行くことにした。


 もっとも、今回は初陣ということで、後方には一人、先輩が付いているのだが。


「よし、作戦通りに行くぞ。リーアが狙撃で先制したら、僕が突撃する」


 僕は敵に悟られぬよう深く腰を落とし、周囲を警戒しながらリーアに指示を送る。


『了解。ゴブリン二体は、以前移動なし。では、作戦通りに私は右を狙撃します』


 先程索敵で発見したゴブリンは二体。後方でリーアが狙撃して残った敵を僕が倒すという作戦だ。


「先輩、リーアの護衛頼みますよ」


 僕は後方で見守るノエミ・ブラウブルガー先輩にも声をかける。


『まかせなさいって~。しっかり、この子は守るわよ……ゴクゴク』


「先輩、何を飲んでいるんですか?」


「水よ? アルコール度数が高いだけで」

(この人……)


 昔からこんな感じだが信頼はできる人だ、問題はないだろう。尊敬はしていないが。

 しかし、万が一のこともあるので、釘は刺しておくことにした。


「先輩。俺はともかく、リーアはちゃんと守ってくださいよ?」


『大丈夫だって。この辺の敵なんて、目瞑ってでも倒せるから~』


 お気楽な返事が返ってくる。悔しいが先輩の実力なら、それは冗談ではなく事実なのだ。


『それよりも、アンタは自分の心配をしなさい。一番危険なんだから』


「はっ はい」


 急に真面目なトーンで言われ、思わず背筋が伸びる。

 なんだかんだと気遣ってくれるから、尊敬はされていないが、部下や後輩に慕われている人だ。


『先輩、行きますよ。スタンバイ!』

「了解!」


 一気に緊張が増す。思わず手に持った刀にも力が入ってしまう。しかし、力みは動きを固くする。僕は意識して肩を落とし、わずかに脱力させると、刀身に魔力を流し込んでいった。


『スタンバーイ……スタンバーイ……』


 リーアの囁くような、けれど静かな殺気を孕んだ声が耳元で跳ねる。

 僕は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、一歩目を踏み出すための筋肉に意識を集中させた。


『――待って、先輩!』

「どうした!?」


 不意の制止だった。

 リーアの声は、もはや囁きではなく、喉の奥で震えるような焦燥を帯びている。


『ソシャゲの行動力が回復したので、消化してもいいですか!?』

「いいわけあるか! タイミングを考えろ! ノエミ先輩になりたいのか!?」


『すみません……なりたくない、です……』


『ちょっと、どういう意味よ!? いくらなんでも、泣いちゃうわよ?』


「言い過ぎました、すみません……」

『すみません……』


 ……言い過ぎた。

 慕う先輩を二人がかりで“ダメ人間”と貶した形だ。

 僕とリーアは、揃って頭を下げる。


『私だってね、傷つくのよ……? ……ゴクゴク、……プハーッ!』


「結局、飲んでるじゃねえかっ!」


 静寂に包まれていた魔界の平原に、僕の全力のツッコミが響き渡った。

 今日一のツッコミだった。――そして、最悪の一手でもあった。

 しかし、その結果――


「ギ、ギギッ!?」


「……あ」


 目が合った。

 前方、百メートル先。


 次の瞬間、獲物を見つけた獣のような目が光る。

 ゴブリンたちは武器を振りかざし、一斉に駆け出した。


『先輩! 計画通り、私は右を撃ちます。左は任せました!』


「了解!」


 直後、インカム越しに、リーアが深く息を吸い込み――

 そして「フゥ……」と、ゆっくりと吐き出す音が届く。世界が、音を失ったように静まり返る。


 ――刹那。


 “バシュッ”という乾いた、けれど重い発射音が僕の百メートル後方から響いた。

 青白い光の尾を引いた魔力弾が、僕の視界を斜めに切り裂いていく。


『左ゴブリン、頭部命中!』


(凄いな……)


 走って動く敵の頭部を、完璧に撃ち抜くなんて。


(あの「ゲームで特訓してますから!」発言が本当なのか、それとも【ギフト】のおかげか……。――とにかく、俺も負けてられないなっ!)


 僕が思考を切り替え、魔力を刀に流すと刀身が青白く輝く。


「はあああっ!」


 爆発的な加速。

 左側の個体が地面に崩れ落ちるのと同時、僕は草むらから飛び出すと、接近してくるゴブリンへ向け地面を蹴り裂く勢いで間合いを詰め、そのまま肉薄した。


「ギギィッ!」


 振り下ろされた錆びたなたが、空気を切り裂く。


(――遅い。さーちゃんよりも、全部。……いや、比べる相手が悪いか)


 僕はそれを紙一重の動きでかわす。

 上段に構えながら、右足を引き半身を引く。

 目の前を“ヒュッ”と鉈が通り過ぎる風圧を感じるが、視界からは一瞬たりとも敵を外さない。


 全力で振り下ろしたゴブリンは、空を切った衝撃で重心を崩し、前のめりに体勢を崩した。


「はあっ!!」


 僕は引いた右足で力強く地面を踏み込むと、上段に構えていた刀を完全に無防備な首筋に向け、最短の軌道で重力と魔力を乗せ振り下ろす。


 魔力を纏った刀身が、抵抗を感じさせる間もなくその生命を断ち切った。

 手応えは驚くほどに軽く、まるで熱したナイフでバターを裂いたような感覚。


 ドサリ、と重苦しい音が響く。

 地面に伏したゴブリンは、二度と動くことはなかった。


 すると、その醜悪な身体が急速に黒い霧へと変わり、空中に霧散していく。


「……ふぅ、よし。これで敵殲滅だな」


 僕は殲滅を確認すると、刀身に残った魔力を解き、血振りしてから納刀した。

 魔物には血が通っていない。斬っても霧散するだけで、刀身が汚れることなどない。


 だが、これは僕にとっての“残心“だ。……それに、何より格好いい気がする。


「先輩、やりましたね~」


 後方の狙撃ポイントから、魔法ライフルを肩に担いだリーアが、低めにゆるく結んだ栗色のポニーテールを揺らしながら、小走りで近づいてくる。

 その表情は初陣を無事に終えた安堵感で緩んでおり、僕は手を上げて返事をした。


「助かったよ、リーア。僕のミスをカバーしてくれて。ありがとうな」


 先輩のせいとはいえ、ゴブリン奇襲を台無しにしたのは、僕の落ち度だ。

 それを初陣で、冷静にカバーしてくれた彼女には感謝の言葉しかない。

 でも、後輩にお礼を言うのは少し気恥ずかしいので、最後ぶっきらぼうな感じになってしまう。


「お礼なんて、いいですよ。助け合うのが、仲間じゃないですか。その代わり、私がやらかしたら助けてくださいよ~」


 リーアは魔法ライフルを肩に担ぎ直し、いたずらっぽく笑って見せた。

 その屈託のない笑顔に、僕の肩の力が少しだけ抜ける。


「……ああ。約束する」


 今度はぶっきらぼうではなく、なるべく誠実に答えたつもりだ。


 これが、“今世”での初陣だった。

 ――これが、始まりに過ぎないことを、まだ知らなかった



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