第7話 神官、魔の森の王を連れ帰る
「たまにはスイーツだけで回るのも良いね」
「アグネス様に喜んでいただけて何よりです」
屋台通りで食べ歩きをしてから、二人で大通りを歩いていた時のこと――
「うわぁ……カッコ良い……」
わたしは、通りを歩く一体の魔物に目を奪われた。
精悍な鷲の上体に、下半身は力強い獅子の四つ足。大きな翼はきちんと畳んである。
主らしき女性の隣をゆっくりと歩いている姿は、何だか少し可愛い。
(……良いなぁ。テイマーさんだよね)
背中に乗せてもらえたりするのだろうか。羨ましい……。
「グリフォンですね」
わたしの視線を辿ってイグナシオも立ち止まり、二人でグリフォンを眺める。
「こんにちは〜」
グリフォンの主さんがわたしたちに気付いた。向けられた笑顔にホッとする。
グリフォンの凛々しい瞳と目が合って、わたしは不思議なときめきを覚えた。
「すみません。グリフォンが素敵で、見惚れてしまって……今からお出かけですか?」
「これから、ギルドに従魔登録に行くんです」
「ね、バディくん?」と嘴の上を撫でられたグリフォンが、嬉しそうに目を細める。
そのテイマーさんは、笑顔で会釈するとグリフォンと優雅に去っていった。
(グリフォン、可愛かったな……空を飛んで旅したりするのかなぁ)
わたしは、彼らの後ろ姿を見つめた。
グリフォンを従魔にできたら、どんなに素敵だろうか――わたしもグリフォンに乗って冒険がしてみたい。
「アグネス様、どうしたんですか?」
「ああ、えっと……何でもないの」
わたしは言葉を濁して微笑んだ。
話したら、ろくな事にならない気がする。
「鷲に、獅子ですか……」
「イグナシオ、何か言った?」
「いえ……何でもありませんよ、アグネス様」
いつものように微笑んだイグナシオ。
けれど、彼はその日の晩――
わたしが寝静まってから、密かに姿を消したのだった。
◇
アグネスが深く眠ったのを見届けたイグナシオは、部屋とアグネスに強固な結界を何重にも張ってから静かに部屋を後にした。
向かうのは、前人未到とされている魔境の奥。
そこでなら、きっと――
「邪魔ですよ。あなたは要りません」
湿気が肌に纏わりつくような、鬱蒼とした森の中。
無謀にも牙を剥く大蛇や狼の魔物たちをメイスで弾き飛ばしながら、彼はズンズンと暗い森の中を進んで行く。
「はぁ……中々見つかりませんね」
彼の後ろには、倒された魔物たちの屍が積み上がっていく。
彼はアグネスの、グリフォンを追う羨望の眼差しを見逃していなかった。
何としても、あのグリフォンを超える――彼女に喜んでもらえる魔物をテイムしてみせる!
彼はそう心に決めていた。
「アグネス様が目覚める前に、帰らないといけないのに……」
部屋に張った結界には少しの反応もない。まだ彼女は深く眠っているはずだ。
(また、蛇ですか……)
彼は鬱陶しげにため息を吐いた。
闇の中で爛々と光る赤い二つの眼に、イグナシオは不満げな表情を浮かべる。
しかし――
(これは……!)
澄んだ空色の瞳が見開かれる。
次に暗がりから顔を覗かせたのは、獅子の大きな頭だった。いや――山羊の頭も見える。
月明かりの下、それは音もなく姿を現した。
『人か……? こんな魔境の奥に入ってくる者がいるとはな……』
それは、くつりと不気味に笑った。
ざわめいていたはずの森は、いつの間にか静まりかえっている。
生の気配が消えた闇の中で、三つの赤い視線は彼を捉えた――
『この魔の森を統べる王である我の供物となれることを、誇りに思うが良い……』
空気を震わせる、地の底から響くような低い声。
その三つの頭は、笑っているようにも――怒っているようにも見えた。
(見つけた……!!)
イグナシオの脳裏に浮かぶのは、目を輝かせて喜ぶアグネスの姿――
「あなたに決めました! アグネス様の従魔になれることを、神に感謝してくださいね」
嬉しそうにメイスを振り上げたイグナシオに、三つの頭は揃って目を見開いた。
魔の森の王は、神官の美しい笑みに生まれて初めての恐怖を感じた。
そうして、少し経った頃――
「ほら、早く入ってください」
赤く輝く大きな魔法陣の前で、彼はキマイラの大蛇の尾のついた臀部をぺしりと叩いた。
獅子の足がのそりと動いて、魔法陣の中へと入る。
「円の中に、きちんと入ってくださいね」
「――でないと、尻尾がなくなるかもしれませんよ」と付け加えられ、大蛇は慌てて魔法陣の中に収まった。
微かに震える獅子の体が、魔法陣の上で猫のように小さく丸まる。その巨体は、たんこぶに覆われていた。
「ああ……少し待ってください」
イグナシオは、汚れた神官服に手を翳した。一瞬で白い輝きを取り戻した服に、彼は満足そうに頷く。
「くれぐれも、アグネス様に失礼のないようにしてください」
上機嫌のイグナシオは、神官服の襟元を整えながら、傍らの獅子の頭に話しかける。
遥か高みから彼を見下ろしていたはずの赤い眼は、完全に怯えていた。
「もしアグネス様の気に沿わなければ、ギルドに素材として買い取ってもらいますからね」
「わかりましたか?」と笑んだイグナシオに、三つの頭は揃ってコクコクと頷いた。
(アグネス様、この従魔を愛する貴女に捧げます。……待っていてくださいね)
アグネスの笑顔を思い浮かべたイグナシオは口元を綻ばせた。
◇
「ん……」
柔らかな朝の陽射しに、わたしはふかふかの枕に頬を押し付けた。
(ん? 何、この臭い……)
何だか臭い。
いつもは、大好きな花の香りに満ちているはずの部屋が、獣臭というか――鼻を刺すように生臭いのだ。
薄っすらと目を開けると、ベッドに腰掛けて微笑んでいるいつもの姿がなかった。
「……イグナシオ?」
愛らしい小鳥の囀りに混じって、どこからか変な呼吸音が聞こえる気がする。
わたしは、毛布を手繰り寄せながらゆっくりと起き上がった。
振り返ると――
「ひええっ……!?」
そこには、見たこともない怪物がいた。
獅子に山羊に蛇――その三つの頭は、わたしをじっと見つめている。
まるで、何かを期待しているかのように――




