第6話 神官、遠慮を知らず
わたしたちは早速、リベラで評判だという杖の専門店に来ていた。古くから続くという老舗だ。
「こちらはいかがですか」
年配の店主さんに差し出されたのは、魔法樹製の杖だった。
茶色の杖には緑色の宝石が嵌め込まれていて、とても綺麗だ。
(でも、どれもお高いんだよね……)
高級店なのだろう。落ち着いた雰囲気の美しい内装に、並んでいる杖はどれも一級品ばかり。当然値も張る。
「アグネス様、それが気に入りましたか?」
「うーん……迷ってて……」
正直、他の店に行きたい。
生憎だが、ギルド持ちで武器を買ってもらえることを、手放しで喜べるような性格ではないのだ。
「あっ……」
思わず声が出た。
店の奥の壁に、とても素敵な杖を見つけてしまったのだ。
(綺麗な杖……)
磨かれたその茶色の杖は、ダークブラウンの壁に掛けられて、淡く光っている。
杖の先端に嵌め込まれているのは、半透明の大きな宝石――吸い込まれそうな不思議な輝きに、目が離せない。
「それは、精霊樹の大枝から作られた古いもので、宝石も希少な精霊石が使われています」
「不思議なことに、持ち主によって石の色が変わるそうなんです」と微笑んだ店主さん。
「精霊石って、どんな石なんですか?」
「詳しいことは私にも……」と口籠った店主さんに、イグナシオが「精霊の力を増幅する力があるそうです。精霊の加護も受けられるそうですよ」と口にした。
「アグネス様、精霊樹にも同じような効果があるようです」
「ほぉ……よくご存知ですね。さすがはエルフの方だ」
「見ればわかりますから」
王宮や魔塔に好待遇で雇ってもらえると噂の、レアな【鑑定】スキルを彼が惜しげもなく使ってくれていることがよくわかった。
「この杖は、いくらですか」と口にしたイグナシオに、「申し訳ありませんが、売り物ではないんです」と店主さんは申し訳なさそうに眉尻を落とした。
確かに、『展示品』と刻まれた小さなプレートが壁に付いている。
「そうなんですね……」
なんだ、売り物ではないのか……。
わたしは、その杖を再び見上げた。
精霊樹といえば、エルフが崇め祀るといわれている伝説の大樹だ。
まぁ、それなら仕方ない――とわたしが肩を落とした時だった。
「買います」
(ん? 今なんて言った?)
イグナシオが、壁に掛けられた精霊樹の杖へと歩み寄る。
「本当に良い杖ですよね……細工も石も素晴らしい。まさに、精霊使いのアグネス様のために作られたような杖だ」
「そうですよね?」と微笑んだイグナシオに、店主さんは苦笑している。
「誠に申し訳ありませんが、これは曽祖父の代から受け継がれている――謂わば家宝のようなものでして……」
「人族には扱えない品ですので、エルフの方にお持ちいただくのが良いのでしょうが、何せ値段も付けられませんし……」と頭を下げる店主さん。
こちらも本当に申し訳ない。
誠に残念ながら、わたしの嫌な予感は外れたことがないのだ。
「このまま、持って帰ります。あ、代金は言い値で結構ですよ。ギルドが支払いますので」と微笑むイグナシオに、店主さんは開いた口がふさがらない様子だ。
「すみません……」
そう小さく口にすると、店主さんはわたしたちを窺い見た。
「……本当に、ギルドがお支払いを?」
「ええ。リベラ冒険者ギルドからの贈呈品になりますので」
「ですが、この杖は――」
「こう見えて、私はS級冒険者なんです。きっと良い宣伝になると思いますよ」
「えっ、まさか……あの『竜殺し』と有名な――」
にっこりと微笑んだイグナシオに、店主さんはゴクリと息を呑んだ。
(いや、脅しじゃん……)
五年前、わたしが十歳になったときに冒険者登録をして彼と旅を始めたのだが、その頃には既に彼は『竜殺し』と呼ばれていた。なんでも、一人で砂漠のドラゴンの群れを倒したとか何とか――
「このまま壁で朽ちるのを待つよりも、アグネス様の杖になった方が杖冥利に尽きるはずです」
(杖冥利って何……)
謎のイグナシオ理論をぶつけられ、固まる店主さん。
わたしは、ふたりを黙って見守ることしか出来なかった。
そして、店主さんはこちらをチラチラと気にしながら請求書にペンを走らせた――
「確かにいただいていきますね。さぁ、アグネス様帰りましょう」
「ありがとうございました!! またのお越しを〜!」
売るのを渋っていたはずの店主さんは、ホクホクした笑顔で見送ってくれた。
ちなみに、数字がたくさん並んでいる請求書は、怖くて直視できなかった。
(また、ここのギルドからも追い出されるんじゃ……)
そうして、わたしは不安と後ろめたさを抱えながら精霊樹の杖を手にし、上機嫌のイグナシオと店を後にした。
「あのさ……この杖、いくらしたの?」
「ああ、これは――」
彼から語られた金額に、頭と胃がキリキリと痛みだした。
どうりで、店主さんが快く売ってくれたわけだ。
クラウスさんの呆然とした顔が目に浮かぶ。
(うわっ! 綺麗……ほんとに色が変わってる……!)
店内では半透明だった精霊石は、いつの間にか澄んだ青緑に輝いていた。微かに揺らめくその様は、まるで風と水の精霊が宿っているかのようだ。
(精霊石かぁ……ずっと見ていられそう……)
そのあまりの美しさに罪悪感はどこかに消え、わたしは精霊石に見惚れていた。
これなら、風魔法も、新しく使うようになった水魔法も冴え渡る気がする。
「あれ?」
「どうしたんですか、アグネス様」
「なんかね、少しだけ熱い気がして……」
わたしは、ケープの中に入れてあるペンダントを引き出した。
(こんな色だったっけ……?)
虹色に煌めく小さな石は、じんわりとほのかに温かくなっていた。
「……共鳴していますね」
「共鳴?」
手の中の小さな石は、杖の精霊石と同じように不思議な輝きを放っていた。
「まさか、これも精霊石なのかなぁ?」
「そうですよ。原石のようですね」
「そうなの?!」
「知らなかったんですか?」
わたしはコクリと頷いた。
手のひらにある精霊石は、まるで生きているかのように煌めき、ほのかな熱を放っている。
これは、わたしが教会に拾われた赤子の頃から身に着けていたものだという――
(これも、精霊石だったんだ……)
片親はエルフだろうから、持たせてくれたのだろうか。
でも、希少な精霊石を持たせるくらいなら、何故わたしを捨てたのか――
「アグネス様……」
わたしは精霊石をそっとケープに仕舞うと、少し心配そうなイグナシオに笑いかける。
「大丈夫だよ」
考えてもどうしようもない。
わたしは、靄のように浮かぶ疑問を胸の奥へと押し込んだ。
(それより、この杖の代金だよね……)
もう、ギルドから追い出されるのは御免だ。
わたしは精霊樹の杖を握り締めると、イグナシオを見上げた。
「あの、明日ね、ちょっとイグナシオにお願いしたいことがあって……」
「何でもやりますよ。任せてください」
お願いの内容も聞かずに即答した彼に、わたしは小さく笑ったのだった。
◇
アグネスが精霊樹の杖を手にした、翌日のこと――
リベラの冒険者ギルドの廊下では、鳴り響く硬い靴音にギルド職員たちが慌てて道を空けた。
ギルド長室の扉が、力任せに叩かれる。
「おい、いったい誰だ――」
勢いのままに開かれた扉から飛び込んできたのは、目を血走らせたクラウスだった。
「クラウス、どうした――」
「ギルドを潰す気ですか?!」
ダァン!!とギルド長の机に激しく叩きつけられたのは、一枚の請求書だった。
「えっ? これ何桁あるの?」
「ドラゴンよりも高い杖がどこにあるんですか?!」
「……『木兎の止まり木』って書いてある」
「木兎……あの店は、確かギルド認定優良店でしたよね……」とワナワナと震えるクラウスに、ダリオは請求書を見つめる。
「ははっ……これは……本当に、ドラゴン級だなぁ……」
乾いた笑いを浮かべるダリオに、クラウスは青筋を立てて震えている。
「あの男、やっぱりおかしいと思っていましたが、想像を超えています。何が神官様だ!!」
「皆、あの見かけに騙されて!!」と吐き捨てるように言ったクラウス。ギルドの女性職員の間で、イグナシオの評判はすこぶる良いらしい。
「……どうするかなぁ」
遠い瞳のダリオ。
部屋に沈黙が落ちる。
「責任、取れますか」
「いや、俺がこんなに金持ってると思う? 家買ったばっかりなのよ」
「売りましょうか」
「……娘、泣くだろうなぁ」
ダリオの新居は、街外れにある広い庭とプール付きの立派な一戸建てだ。愛娘と妻の要望を叶えるために手に入れた豪邸だった。
両手で顔を覆った悲壮感たっぷりのダリオに、クラウスは目を細める。
「ギルド長……そもそもは、あなたが無責任なことを言ったせいでこうなったんですよ?」
血走った目で見つめるクラウスに、珍しくダリオは表情を消した。
「……反省してます」
小さく呟かれた言葉に、クラウスは眉間に深い皺を刻んだままため息を吐いた。
その日の夕刻。
イグナシオとアグネスから、ドラゴン二頭の傷一つない屍がギルドに寄贈された。勿論、それは立派な大型種だ。
ドラゴンを売って滞りなく支払いを済ませたクラウスの頭痛は、だいぶ和らいだそうだ。――一時的に。
そして、ギルドでは武具の贈呈における上限額を定める会議が急遽開かれたとか。
「――くしゅんっ!」
「アグネス様、大丈夫ですか?」
「平気平気。ちょっとムズムズしただけだよ」




