第5話 神官、危険物扱いされる
ドラゴンが納品され、数日経ったリベラの冒険者ギルド。
硬い靴音が止まり、ギルド長室の扉が叩かれたかと思うと、勢い良く開かれた。
「ギルド長」
「おう、クラウスか。どうした」
ギルド長の椅子に座っているダリオは、いつものように気さくな笑みを浮かべる。
だが、青筋を立てたクラウスは、眼鏡の位置を直すと白い紙をダリオに突きつけた。
「五千ルミナ。これで、新入職員二人分の月収が飛びました」
それは、魔導具店からの請求書だった。
「ああ、スキル鑑定機の修理代か……結構高いな」
「結構じゃなくて、高いんです。今まで、魔導具が壊されたことなんてなかったのに……」と顔を険しくするクラウスに、ダリオは穏やかな視線を向ける。
「まぁ落ち着け。また頭痛が悪化するぞ」
「もう悪化してます!」
その時、控えめなノックの音が響いた。顔を覗かせたのは、若い女性職員だ。
「ギルド長、神官様がお見えです」
「ああ……悪いが、少し待っていてもらうよう伝えてくれ」
女性職員は頭を下げると、静かに扉を閉めた。
彼らのやり取りに、クラウスは目を吊り上げる。
「王都の依頼でも紹介して、早くリベラを出ていってもらってくださいね」
「ここを燃やされるのは御免ですよ」と冷たく言い放ったクラウスに、ダリオは少しだけ視線を逸らした。
返事をしないダリオに、クラウスは微かに引きつる唇を開く。
「まさか……あの方たちを、うちで受け入れるつもりではないですよね?」
「……腕は確かだし、面白い奴だろう。二人とも、エルフなのに気取ってないしな」
「確か、二人ともハーフエルフでしょう? ――って、問題はそこじゃないんですよ。あんな胡散臭い神官、信用できません!」
不思議そうな表情のダリオに、クラウスは中指で眼鏡の位置を直す。
「神官服といえば黒でしょう? あの方が着ているのは白。およそ二百年以上前に廃れたはずの神官装束です――私は、記録でしか見たことがありません」
「よく知ってるな」
「読書が趣味なもので――」
クラウスがひとつ咳払いをする。
「いえ、ですから……おかしいでしょう? 神官のくせに白を着てドラゴンを叩き潰す男ですよ?! 絶対に何かあるに決まっています!」
「別に良いんじゃないか? ここ教会じゃないし。……強い奴は大歓迎だろう」
目を閉じてため息を吐いたクラウスに、ダリオは頭を小さく掻いた。
「……うちで、これ以上の被害が出たら、どうなさるおつもりですか?」
「休職中のヴァルムのギルド長、ご存知ですよね」と眼鏡の奥で鋭い眼差しが光る。
空から降り注ぐ、炎に包まれたワイバーンとその下で微笑む白い神官――そんな悪夢に、ヴァルムのギルド長は毎夜うなされているとか……。
ダリオは、両手の指を組むと少しだけ視線を落とした。
「まぁ、あいつは俺よりも少しばかり神経が細いからな。……それにな、アグネス殿は俺の娘に似てるんだよ」
「放っとけないだろう?」と眼尻を下げたダリオに、クラウスは顔を引き攣らせる。
「お言葉ですが、どの辺りが似ているとお思いに……」
「髪の色も、大きな目もそっくりだろ? 俺のドゥルセもきっとあんな感じになるんだろうな〜」
「まだ小さいけど、今のうちから変な虫が寄ってこないように気を付けないとな」と一人頷くダリオに、クラウスは言いかけた言葉を呑み込んだ。
「おっ、落ち着いたみたいだな。じゃあ、竜殺しとアグネス殿を連れてきてくれ」
「は?」
ポカンと口を空けたクラウスを、ダリオは笑顔で送り出した。
◇
(この人、怒ってるよね……?)
ギルドの待合で待っていたわたしたちを迎えに来たのは、クラウスさんという男の人だった。鑑定機が壊れた日にも、少しだけ見かけた。
副ギルド長だという彼は、綺麗に七三に分けて撫で付けられた焦茶色の髪に銀色の眼鏡が印象的で――如何にも几帳面というか、ちょっと神経質そうに見える。
「ギルド長、お連れしました」
淡々と紡がれた言葉には、僅かに苛立ちが滲んでいる。
開かれた扉の奥には、笑顔のダリオさんが待っていた。
「呼び付けたのに待たせて悪かったな。そこに座ってくれ」
わたしたちは、言われた通りソファに腰を下ろした。ギルド長室のソファはとてもふかふかで座り心地が良い。
「それで、用とは何ですか?」
早速帰りたそうな雰囲気のイグナシオに、ダリオさんはニカッと白い歯を見せて笑いかけた。
「うちでは、大型種のドラゴンを討伐した初回に、ギルドから武具を贈らせてもらってるんだ」
「S級なのに、随分質素なのを使ってるだろう。この機会に良いものを選ぶと良い」と笑ったダリオさん。彼の視線は、イグナシオが持つ古びたメイスへと向けられている。
「それは、ありがとうございます。……ですが、私の武器は新調する必要がないので、アグネス様の分だけいただければ」
「謙虚な奴だな。……代金はうちが持つ! 何でも良いから遠慮せず良い武器を選んでやれ!」
「いや、折角ですがわたしも遠慮して――」
「アグネス様のために……ありがとうございます」
嬉しそうに微笑むイグナシオ。
クラウスさんは、僅かに俯いてこめかみを押さえ始めた。
(この流れ、絶対ろくなことにならない気がする……)
上機嫌に微笑むイグナシオを見ながら、わたしはそう思ったのだった。
◇クラウス
副ギルド長。頭痛持ち。




