第4話 神官、魔導具を破壊する
ドラゴン素材の買取の件で『金の小鳩亭』に連絡が来て、わたしたちはリベラの冒険者ギルドを訪れていた――
応接室。ギルド長の傍らの机には、同じ高さに積まれた金貨が整然と並べられている。
「締めて五万ルミナ、金貨で用意させてもらった。袋に詰める前に確認してもらえるか」
(……ドーナツが、五万個も買える)
思わず想像してしまった。
「一、二、三……」
律儀に金貨を数え始めるイグナシオ。
面食らった顔のギルド長と固まるギルド職員たちに、思わず顔が熱くなる。
彼は変な所で素直過ぎるのだ。でも、その真剣な眼差しを遮ることはできなかった。
「……イグナシオ、どうしたの?」
金貨を数えながら、不意に止まったイグナシオ。その眉間には皺が刻まれている。
控えめに目配せし合っているギルド職員たちは、皆不安げな表情だ。
「困りますよ。これを正規のものと換えてください」
一枚の金貨を抜き取ったイグナシオは、それをギルド長へと差し出した。非難するような眼差しに、ギルド長たちは困惑顔だ。
「どういうことだ」
ざわつく空気に、ギルド長が「すぐに調べろ」と職員に告げる。
用意されたのはルーペ型の鑑定機。鑑定の結果、イグナシオが抜き取ったその一枚が精巧に作られた偽金貨ということがわかった。
「竜殺し、どうしてわかったんだ」
「えっ? 見れば分かりますよね」
『わかりませんが』といった表情を浮かべる一同。勿論わたしもわからない。
イグナシオは新しく用意された金貨をじっと見つめ、満足そうに頷いた。
全ての金貨を数え終えた彼が「確かに」と微笑むと、手袋を嵌めたギルド職員が革袋に金貨を詰め始める。
しばらく黙っていたギルド長が、イグナシオに測るような視線を送った。
「竜殺し……スキルの鑑定は済ませてあるよな」
「スキル? ……ああ、そういえば断りましたね」
「面倒だったので」と爽やかに微笑んだイグナシオに、気まずい沈黙が流れる。
ギルド長は、苦笑しながら頭をガシガシと掻いた。
「今、鑑定させてもらっても良いか?」
無言のイグナシオは微笑みを崩さない。けれど、一瞬だけ空気がピリついた気がした。
「スキル持ちなら、受けられる依頼が増えることもある。スキルによっては報酬が上乗せされることもあるし……アグネス殿も喜ぶんじゃないか」
(えっ? わたしに振らないでよ……)
弾かれたようにこちらを見るイグナシオ。
正直、良い予感はしない。
けれど、わたしを見つめ瞳を揺らした彼は、「鑑定、お受けしましょう」と頷いてしまったのだ。
そうして、新たに持ち込まれたスキル鑑定機に手を翳したイグナシオ。嵌め込まれた大きな水晶玉の内部に、早速鑑定結果が浮かび上がる。
【保有スキル:鑑定……】
歓声が上がる。
どうりで、世間知らずの割に変なところで詳しかったりするわけだ。
【無限収納(制限:なし)……】
職員から、「えっ?」と声が上がった。
そりゃそうだ。収納スキル自体が希少とされているのに、“無限”で“制限なし”だなんて――
(ああ……)
やっぱりというか、スキル鑑定機が変な音を出して震え出した。
【測定不能……】
「「ええっ?!」」
声を上げたギルド職員たち。
次の瞬間、中央に嵌められた水晶玉が黒く染まり――木っ端微塵に砕け散った。
サラサラと小さな砂山を作る水晶玉に、空気が凍り付く。
「壊れましたね」と淡々と呟くイグナシオに、唖然となる一同。
ああ……こんなことだろうと思った。
世の中、知らない方が良いこともある。
イグナシオは規格外だ。
それに気付いたのは、一緒に旅を始めてどれくらい経った頃だったか――
「それで……鑑定スキルで報酬の上乗せはしてもらえるんですか」
(あっ……今それ聞いちゃう……?)
「ああ、うちには鑑定機があるから――いや、スキル用は壊れたんだったな」
「ははは」と笑ったギルド長に、申し訳なくなる。
「鑑定機が直るまでスキル鑑定の仕事をしてもらえたら、その分報酬は出すが……他の依頼での上乗せはできないな」
肩を落とすイグナシオ。
「無限収納とあったが、それなら――」
「お断りします」
集まる視線をものともせず、彼は言い放った。
「運び屋ですよね? 二度とやりませんよ。アグネス様を守るのは、この私です」
(イグナシオ、過保護すぎるんだよね……)
数年前に、彼は王都の騎士団への武具と兵糧の大量納品の仕事を持ち掛けられた。
わたしが「王都に行ってみたい」と言ったことで彼は依頼を受けたが、わたしがハーフエルフだと知って「騎士団が保護します」としつこく声を掛けてきた騎士たちと一悶着あって……声を荒げた彼を見たのは、あれが初めてだった。
そこへ、ノックの音が響いた。
「ギルド長、失礼します――」
入ってきたのは、銀縁眼鏡のいかにも真面目そうな男性職員だった。ギルド長とは対照的に揃いのベストにスラックスというフォーマルな装いだ。
彼は壊れたスキル鑑定機に目を留めると、呆然とした顔で立ち尽くした。
(すみません……)
その言葉は、とても口に出せる雰囲気ではなかった。
「クラウス、鑑定機が壊れちまってな。悪いが、すぐに修理に出してくれ」
「……わかりました」
鑑定機は魔導具だ。職員たちも白い手袋で大切そうに運んできた。きっと、値が張るのだろう。
その眼鏡の職員は震える手で鑑定機を抱えると、わたしたちを一瞬だけ見て唇を結んだ。
何か言おうとしたように見えたが、彼はぎこちなく一礼すると、静かに部屋を後にした。
机の上に残されたのは、砂のように積もった水晶玉の残骸だけだ。
「べ……弁償は……?」
震える手を握り締めてそう問うと、ギルド長は笑った。
「これは事故だろう。特に請求はしないから安心してくれ」
(助かった……)
胸を撫で下ろしたわたしに、ギルド長は小さく笑った。
「ただ、大物を狩ったら積極的にうちに売ってほしい。希少な魔物素材はこちらでも買い取れるからな。それと――そのうち、鑑定を頼むこともあるかもしれない」と言ったギルド長に、イグナシオは少しだけ嫌そうな表情を浮かべた。
「もし鑑定依頼が来たら、ちゃんと受けないとね」
「わかりました」
声を立てて笑ってくれたギルド長のおかげで、部屋の空気が悪くならないことが救いだ。
「……しばらく、この街にいてもらえないか――いや、いてほしい」
ポツリと発されたギルド長の声に、わたしは顔を上げた。
傍らの職員たちは、僅かに――いや、はっきりと不安げな表情を浮かべている。
それもそのはず。ここへ来る前に滞在していたヴァルムの冒険者ギルドは、街の防衛戦で燃え尽きたのだ。主に、イグナシオの炎で――
「アグネス様は、どうしたいですか?」
イグナシオの言葉に、わたしは彼を見つめ返した。
ギルド長が望んでいるのは、S級冒険者だろう。でも、彼はわたしの傍から離れない。
「わたしは――」
少しだけ、視線を落とす。
わたしだって、落ち着いた暮らしがしたい。
育った教会を幼い頃に失い、しばらくイグナシオと旅を続けてきた。
けれど、前にいた街を追われるように出てきたわたしは罪悪感もあり、居場所を失うのが怖かったのだ――
「ギルド長……少しだけ、この街にいても良いですか?」
「勿論だ。少しと言わず、ずっといて欲しいくらいだ」
「ギルド長……」
ヴァルムのギルドでは“災厄”扱いされ、街を歩けば『炎上コンビ』と囁かれた。
ギルドの建て直しを見届けようと思っていたが、半ば追い立てられるように街を出てきたのだ。
(ここにいて、良いのかな……)
「俺のことは“ダリオ”と呼んでくれ。二人には世話になりそうだからな」
そう言って笑ったダリオさんに、目の奥が熱くなる。
「B級の風使いがいてくれれば、とても心強い。精霊使いは貴重だし、うちじゃ、高ランクの冒険者が減っててな……皆王都に行っちまうからな」
「アグネス様は、水の精霊とも契約したんですよ」
「へぇ……それは頼もしいな」
「精霊のことはよく知らないが」と笑ったダリオさん。
ギルド職員たちの視線が集まり、少しだけ気恥ずかしくなる。
二度とあのようなことを起こさないために、わたしは水の精霊の力も借りることにしたのだ――
「そうだ。街の南にダンジョンがあるのは知ってるか?」
思い出したかのように、ダリオさんがそう口にした。
何故か、ギルド職員たちの目の色が変わっている。先程とは打って変わって、期待に満ちた眼差しだ。
「……知りませんが、それが何か」
「アンデッドや魔属性の魔物が多くてな。相手が面倒だからと人気がなくて……良かったら、踏破に挑戦してみないか? お前たちなら、きっとレアな宝が――」
「遠慮します」
ダリオさんの言葉を遮って即答したイグナシオに、ギルド職員たちは唖然としている。
「アンデッドって、潰しても潰しても復活するじゃないですか? 私も面倒なので嫌です」
(まぁ、アンデッドだから仕方ないよね……)
ダリオさんは目を丸くしている。
「神官なら聖魔法が使えるだろ? S級なら、アンデッドなんてちゃちゃっと――」
「すみません。言い出したら聞かないので……」
わたしがそう言って頭を下げると、ダリオさんは頭をガシガシと掻いた。
実を言うと、レアなお宝に少しだけ興味はある。しかし、わたしはあまり願いを口にしないようにしている。隣にいる彼が、何をするかわからないからだ。
「残念だな……お前たちなら、と思ったんだが」
面倒なので黙っているが、イグナシオは何故か聖魔法が使えない。詳しくは知らないが、修行しても習得できなかったらしい。
「そうか……じゃあ、気が向いたら頼むよ」
「あの、ギルド長……」
不安げな顔のギルド職員が、ダリオさんに近付いた。
「大丈夫だ。去年、教会本部がダンジョンの掃除をしてくれたろ?」
(教会本部……?)
教会本部に応援を頼むなんて、どうやら余程人気のないダンジョンのようだ。
「この街じゃ、二十年くらい前にスタンピードが起きてな。……それから、三年ごとに掃除してもらってるんだ」
「こいつは、スタンピードの目撃者だからな」と言われたギルド職員さんは、わたしたちに頭を下げた。
「もしものときは……どうかお願いします」
「頼りにしてるぜ! 二人とも」
「よろしくお願いします」
こうして、わたしたちはしばらくの間リベラの街を拠点に活動することにした。
(まさか、スタンピードなんて起きないよね……)
アンデッドの群れなんて見たくはない。
「ああ……ここは燃やさないでくれよ」
「気を付けます」と微笑んで返したイグナシオに、ダリオさんは大きな声で笑った。
ダリオさんのためにも、このギルドは――街は、絶対に燃やさない。
……たぶん。
◇ダリオ
気さくなギルド長。娘溺愛中。




