第53話 神官、腕を振るう
ギルドの受付では、ヘレナさんが笑顔で迎えてくれた。
「ヘレナさん、こんにちは!」
「こんにちは。アグネスさん、神官様、先日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです!」
そう答えつつも、あの日の浜辺のバーベキューの味は覚えていない。
いつもの日常のはずなのに、どこか落ち着かない日々が続いていた。
「アグネスさん、こちらの依頼なんですけど……」
ヘレナさんから紹介されたのは、野苺の納品依頼だった。依頼主は、リベラの教会の孤児院だ。
「先月から出てる依頼なんですけど、受けてくれる方が中々いなくて……」
(なるほどね……)
報酬は、“野苺のパイとジャム”。
冒険者はボランティアではない。受ける人がいないのも至極当然だろう。
「アグネス様、どうしますか」
「もちろん受けるよ」とわたしが答えると、ヘレナさんはホッとした顔で微笑んだ。
「アグネスさん、神官様、本当にありがとうございます」
「いえいえ!」
なんと言っても、わたしは“神官見習い”だからね!
「行こう、イグナシオ」
わたしたちは、早速リベラ近くの森に向かったのだった――
◇
野苺は、すぐに大きな籠一杯になった。
風の精霊に導かれて、たくさん野苺がなっている場所を見つけたのだ。
「アグネス様、こちらにもありますよ」
奥まったところに、またたくさんの野苺を見つけた。
「森の動物たちの分がなくなっちゃうから、少しだけもらっていこう」
わたしたちは、自分たちの分も採取すると、孤児院へと向かった。直接納品だ。
リベラの教会は、町外れに建っていた。
少し古びた外観に、どこか懐かしさを感じた。
(教会、久しぶりだなぁ……)
イグナシオが白い神官服を着ているおかげで、教会の神官たちからは怪訝そうな眼差しを向けられたこともあった。ときには、黒を着るように勧められ、揉めたこともあったのだ。
そういうことがあって、わたしたちは教会にあまり近付かずに生きてきた――
「まぁまぁ、こんなにたくさん! 本当にありがとうございます」
野苺の受け取りに現れたのは、ジューンという年配の女性神官だった。本人には言えないけれど、ふわふわの猫のような耳がとても可愛らしい。
「皆さん、野苺を持ってきてくださいましたよ」
その柔らかな声に、たくさんの子どもたちが奥からわらわらと出てきた。
「あっ! しろいしんかんさんだ!」
「リベラのえいゆうなんでしょ?」
目を丸くしているイグナシオ。
「イグナシオ、英雄だって」とわたしがからかうと、彼は少しだけ気恥ずかしそうに笑った。
ジューンさんが野苺を女神像に供え、わたしたちも一緒に“夏の祈り”を捧げた。
「早速、野苺でジャムとパイを作ります。ぜひお二人も召し上がってくださいね」
「お届けにいきます」と言ったジューンさんに、わたしたちは手伝いを申し出た。
「わぁ! じょうずだね〜!」
「のいちごのパイ、はやくたべた〜い!」
「まだできませんよ」
ひどく賑やかな教会の厨房。
イグナシオは、ボウルに入れたパイ生地をさっくりと混ぜている。周りを囲む子どもたちは興味津々だ。
わたしは、ジャム作りの手伝いだ。といっても、隣で見学しているだけだが……。
(リーテも、こんな感じだったっけ……)
わたしは、ジャムを煮込んでいるジューンさんの穏やかな横顔を見つめた。
おぼろげだが、いつも優しかった女性の神官を覚えている。
リーテの教会での食事は、正直あまり美味しくはなかった気がする。
甘いさつまいものポタージュと、果物のお下がりは楽しみだったけれど――
――『食いしん坊アグネス!』
そう言ってよくからかってきた、少し年上の少年がいた。
グレーの耳と尻尾を「かわいい〜」とわたしが言うと、「オレはイヌじゃない! オオカミだ!」とよく怒っていた。
(ルカ、元気にしてるのかな……)
彼は、大きくなったら神官になるのだと言っていた。
今はどこかの教会で、働いているのかもしれない。
(今度、マキシマスさんに聞いてみようかな……)
「アグネス様、大丈夫ですか」
パイ生地を作り終えたイグナシオが、こちらを心配そうに見つめていた。
「大丈夫だよ! 少し、リーテの教会を思い出しちゃって」
「そうですか……」
「おねえちゃん! いまパイをやいてるんだよ!」
「やけるのをまってるの!」とそわそわしている子どもたちに、「楽しみだね」とわたしは笑いかけた。
「アグネスさん、焦げないようにこのまま煮詰めてもらえますか?」
「わかりました!」
わたしは木ベラを受け取ると、鍋の底を撫でるようにゆっくりとかき混ぜる。焦げないように気を付けなくては。
鍋を少しだけ眺めてから、ジューンさんはパイを焼いている窯を確認しに行った。
「ジューン先生、おなかすいた〜!」
「もう少し待っていてくださいね」
パイは多いが、子どもたちも多い。
足りるのだろうか……。
そう考えていたとき、イグナシオがジューンさんに声を掛けた。
「あの、良かったらシチューを作りましょうか?」
「シチュー!!」
「これ! 走ってはいけませんよ!」
子どもたちは大喜びだ。
はしゃぐ子どもたちを抑えながら、ジューンさんは顔を上げた。
「でも……材料がなくて」
「大丈夫ですよ。たくさんありますから」
イグナシオは、収納からたくさんのホーンラビットの肉やミルクなどを取り出した。
「まぁ……でも、よろしいんですか?」
「たくさんあるので、一緒に食べていただけると嬉しいです」
そう言うと、ジューンさんは「ありがとうございます」とホッとしたように微笑んだ。
早速、イグナシオが角兎のシチューを作り始めると、再び子どもたちが集まってくる。
「危ないので、あまり近づいてはいけませんよ」
淡々と声を掛けるイグナシオに、子どもたちは「はーい」と言いながらも離れようとしない。
少し困ったように微笑んだイグナシオは、左手を少しだけ動かした。子どもたちに保護魔法をかけたようだ。
(イグナシオ……)
前は、わたし以外には関心を示さなかった彼。
その姿に、わたしの胸は温かくなった。何故か少しだけ、寂しさも感じているけれど――
「アグネス殿に竜殺し殿、こんにちは」
「あ、マキシマスさん! お疲れ様です」
厨房を覗いたのは、マキシマスさんだった。
「野苺の……受けてくださったのですね」
マキシマスさんが柔らかく微笑んだ。
誰も受けようとしない依頼を見かねて彼が取りに行こうとしたが、『教会本部の神官様にそんなことはさせられません』とジューンさんから断られてしまったそうだ。
「マキシマスさんも、一緒に食べましょう」
「では、私にも手伝わせてください」
二つの大鍋を交互に行き来していたイグナシオ。その隣で、マキシマスさんが鍋をかき混ぜ始める。
二人が並んで鍋を混ぜているのは、中々に面白い光景だった。
始めは恐縮していたジューンさんも、子どもたちに囲まれて笑顔を見せるマキシマスさんを見て安心したように笑っている。
そうして、まだ暗くなる前に野苺のジャムとパイ、そして角兎のシチューが完成した。
「さあ、熱いので気を付けてくださいね」
「野苺のパイは、シチューを食べてからにしましょうね」
お行儀よく座った子どもたち。
わたしたちは微笑み合うと、一緒に両手を組んだ。
「「糧を与え給う神に感謝を」」
皆で祈りを捧げてから、スプーンを手にする。
「おいし〜い!」
「おかわりあるの〜?」
「たくさんありますよ」
(良いなぁ、こういうの……)
子どもたちのキラキラした瞳と屈託のない笑顔に、思わず笑みがこぼれる。
笑顔と笑い声に満ちた食堂で、わたしたちは幸せなひと時を過ごしたのだった。
◇
教会の小部屋で、マキシマスは机に向かっていた――
羽根ペンを滑らせるのは、上質な厚手の紙だ。
『S級冒険者 イグナシオについての報告
約二カ月に及ぶ調査の結果、S級冒険者のイグナシオという男は、神官としてエイヴリー教会及び国家や社会に害をなす存在ではないと判断する。
星暦二〇二六年 七月十四日
エイヴリー教会本部所属 調査官 マキシマス・ペスカリ』
マキシマスは深く息を吐くと、紙をそっと巻いて黒い紐で括った。
紐で巻かれた報告書と彼の両手だけが置かれた木の机。
少しだけ俯いている彼の顔を、窓から差し込む月明かりが照らしていた。
◇ジューン
リベラの教会の孤児院に勤める年配の女性神官。獣人族。




