第49話 神官、海に行く
青い空には輝く太陽。
リベラに暑い夏がやって来た。
「海かぁ……夏って感じだよね」
わたしは、『オルティスの夏旅! 星暦二〇二六夏号』というタイトルの旅行雑誌を見ていた。
見開きのページには、白い砂浜でバーベキューをする若い男女たちの楽しそうな姿がある。
「海水浴にバーベキューか、良いなぁ……でも、こういうのって、大人数だから楽しいんだよね」
「アグネス様、行きましょうか? 海」
「良いの?!」
「勿論です」
かくして、わたしたちは海でバカンス(?)を過ごすことになったのだった。
数日後――
さらさらと素足に心地よい、白く輝く砂浜。
眩しい日差しに煌めくのは、どこまでも透き通るエメラルドグリーンの大海原。
わたしは、ルアの街の近くにある絶景のビーチに来ていた。イグナシオの手配によって、なんと貸し切りだ。
「本日は、アグネス様のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
白いパーカーにサーフパンツ姿のイグナシオがペコリとお辞儀をした。変なアナウンスのような挨拶をされてしまったが、今更どうしようもない。
砂浜には、イグナシオが声をかけてくれた人たちが集まってくれていた。
素敵な水着姿のヘレナさんやベリンダさんたちを前に、わたしは白いパーカーの裾を少しだけ伸ばした。中には、水色の水着を着ている。
(少し、子どもっぽかったかなぁ……)
ちなみに、集まってくれた皆さんには、ギルド長室に設置した魔法陣で移動してもらった。
宿泊は、それぞれに海辺のコテージを手配している。日頃からお世話になっているお礼だ。
「いやあ、竜殺し、アグネス殿。呼んでくれてありがとうな! 娘も大喜びだ!」
笑顔のダリオさんの両脇には、可愛らしい女の子と優しそうな奥さんが寄り添うように立っている。
「おねえちゃん、おにいちゃん、ありがとう!」
「今日は本当にありがとうございます。いつも主人がお世話になってます」
「いえいえ! こちらこそです!」
わたしはダリオさん一家に頭を下げた。
ダリオさんによく似た顔立ちの、亜麻色の髪の女の子はドゥルセちゃんというそうだ。四歳だそうで、とても可愛い。髪の色は奥さんに似たのだろう。
「パパ~! ドゥルセ、すなのおしろつくりたい!!」
「よし! パパがんばっちゃうぞ〜」
「ママは、おしろにかざるかいがらをさがしてきて!」
「はいはい」
両親に囲まれてはしゃぐドゥルセちゃんの笑顔がとても眩しい。
喜んでもらえてすごく嬉しいはずなのに、何故かぎゅっと胸が締め付けられた。
わたしは笑顔で会釈してから、彼らに背を向けた。
「アグネス様……」
心配そうなイグナシオの眼差し。
せっかく連れてきてくれたのに、彼にこんな顔をさせたくはなかった。
「……大丈夫だよ。わたしはもう子どもじゃないし、イグナシオがいるでしょ」
そう言って笑うと、彼は優しく微笑んだ。
「副ギルド長。誰もいませんから、大丈夫ですよ〜」
「大丈夫ではありません。これを着てください」
ヘレンさんに、自分の上着を羽織らせようとしているのはクラウスさんだ。
白い上品なワンピース水着に栗色の髪をポニーテールにしたヘレンさんはとても綺麗だ。他の海水浴客がいないとはいえ、クラウスさんが心配になるのもわかる気がする。
「ベリンダさんお美しい! まさに女神っす!! いや、女神を超えてます!」
「ファビオ君、褒めすぎよ」
声を立てて笑っているのはベリンダさんだ。
黒いビキニにパレオを付けている彼女を、ファビオさんはまるで舎弟のように褒めちぎっている。
二人は初対面らしいのだが、ファビオさんには「ありがとうございます!! 一生分の運を使い果たした気分っす!」とものすごく感謝された。
「皆、楽しそうで良かったねぇ」
「そうですね。アグネス様もたくさん楽しんでくださいね」
「うん」
せっかくの機会だ。皆さんにも、良い想い出を作ってもらいたい。
(マキシマスさんは、大丈夫かなぁ……)
ダークグレーのサーフパンツにラッシュガードを着たマキシマスさんは、海を見つめ静かに佇んでいた。
彼の近くには、何故かサングラスにアロハシャツを着たエイヴリー様。マキシマスさんにはあまり近付かないであげてほしいが、さすがに神様相手には少し言いづらい。
「パラソル立てたっすよ! 女性陣はこちらへどうぞ〜!!」
ファビオさんが立てたパラソルの下で、ベリンダさんとヘレナさんが腰を下ろした。クラウスさんは、飲み物を取りに行っているようだ。
「あら、マキシマスさんは泳ぐの?」
「魚を獲ってきます」
いつの間に手にしていたのか、黒光りする銛を握っているマキシマスさん。
「ワイルドなのね」
「海辺で育ったので……」
「ベリンダさ〜ん! 俺はフルーツを採ってきます!」
「楽しみにしてるわ」
ひらひらと手を振ったベリンダさんに、嬉しそうに笑うとファビオさんは走り去った。
わたしたちは、海に入るマキシマスさんの後ろ姿を見ていた。
「……そういえば、マキシマスくんのくれる果物はいつも美味しかったなあ。他の本部の神官たちは、事務的だからねえ」
「気持ちって、大切だよね」としみじみと言ったエイヴリー様に、わたしは視線を向けた。
「何か違うんですか?」
「全く違うよ。単に供えられた上質な果物よりも、想いの込められた野の実の方が、僕たちは美味しく感じるのさ」
「へぇ……」
ふと、ヤマモモやたまごサンドを味わって食べていたイグナシオの姿が浮かんだ。
「でも……最近、なんか味が違うんだよね……」
「……そうなんですね」
少し残念そうなエイヴリー様は、どこか寂しそうにマキシマスさんの背中を見つめた。
あれだけ女神を崇拝していたマキシマスさんだ。女神の正体を知って、そう簡単に割り切れるはずはないだろう。
「あれ? イグナシオは?」
「そこにいるよ」
振り返ると、木に向かって斧を振りかぶるイグナシオの姿があった。
「えっ?! その木、切って良いの?!」
「勿論、許可はもらっていますよ」
「……というか、何で木を切るの?」
「ふふ……アグネス様には、秘密です」
「楽しみに待っていてくださいね。……ああ、アグネス様、どうか向こうを向いていてくださいね」と言ったイグナシオに背を向ける。
波が打ち寄せる白いビーチに、木を切る音が響き始めた。




