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わたしの守護者は、ちょっとおかしい 〜過保護な最凶神官の愛は規格外!?〜  作者: 星谷 明里
本編

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第46話 神官、運命の日を思い返す

 十年前――

 まだ、私が“イグナシオ”ではなかった頃。


 オルティス王国の東部に古びた教会があった。

 ほのかに黴臭い倉庫の奥。

 初めてここに来た日と変わらず、毎日三度教会の鐘は鳴り続けた。

 けれど、どのくらいここにいたのか、私はもう思い出せなかった。


『これは呪われている! 直ちに封印を――』


 そう言われたのは、いつだったか――

 いつも穏やかな顔で祈りを捧げていた神官たちは、ある日突然、おぞましい物を見るような目付きで私を見た。


 呪ってなどいない。

 私はただ、彼らを見ていただけだ。


 けれど、天使像に封じ込められた私は、いつしか倉庫の奥で埃を被っていた。


「きれいなてんしさま」


 声が聞こえた。

 鈴の音のように澄んだ、まだひどく幼い声だった。


「ひとりぼっちで、さみしかったね」


 その小さな少女は袖で埃を拭うと、私を抱き締めた。


 ――『私は、女神様に救われました』


 誰の言葉だったろう。

 このときの私は、覚えていなかった。


『闇に閉ざされていた私の世界に、光が差したのです』


 その響きだけは、何故か残っていた。


「わたしもね、ひとりぼっちだったの。でも、もうだいじょうぶだよ」


 向けられたのは、何よりも無垢な微笑み。

 その小さな救い主の名は、“アグネス”だった。


「ねぇ、イグナシオ。どうして神官を辞めなかったの?」

「どうしてです?」

「だって、リーテの教会でご飯もらえてなかったんでしょ? わたしなら無理だよ」

「ふふ。私は食べなくても平気ですから……それに、中々に楽しい日々だったんですよ」


 そう答えると、アグネス様は小さく微笑んだ。

 彼女の笑顔はまるで、花のような――いや、どんな花よりも美しい。


「でも、イグナシオってさ、すごく長く生きてるんだよね? どのくらい生きてるの?」

「さあ……どれくらいでしょうか」


 ――すべての始まりは、およそ四百年前のことだった。


 ふと思い立った私は、ある教会の聖堂の端に置かれた小さな像の中に自ら入った。

 それは白く輝く、美しい微笑を湛えた天使像だった。


 きっかけは、ただの好奇心だった。


 知人が、永年着けていた花冠を外し、飾り気のない若葉の冠に変えたのだ。

 満たされた彼の微笑み。

 人族の少年が若葉で作ったのだというその緑の冠が、何故かひどく眩しく見えた――


 そして私は、神への“信仰心”がどのようなものなのか気になった。

 ただ、それだけだった。


 地上で私を崇める者は、ただの一人もいなかったから――


「ニコラウスさま! 女神さまを見たことあるって本当?」

「はい、本当ですよ」

「いいなぁ……!」

「女神さまは、その像と同じお姿なんですか?」


 無邪気な子供らに囲まれたその見習い神官は、傍らの女神像を振り返り、眩しそうに目を細めた。


「……この像よりも、ずっとずっとお美しい女神様でしたよ」

「へぇ……」


 もし、あの神官に若葉の冠を捧げられたなら――

 わたしにも、あの満たされた微笑みの理由がわかるのだろうか。

 そのときの私は、そんなことを考えていた。


「ぼくもいつか女神さまに会えるかなぁ」

「会えるように、毎日お祈りしましょうね。……さぁ、今日は、女神エイヴェリー様と魔王バルザリオンのお話ですよ。皆さん、座ってください」

「「はーい!」」


 行儀よく座った幼子たちの前で、まだ見習いの神官が語り始める。

 事実とまるで異なる神話はひどく滑稽で、ときに腹立たしかった。

 けれど、私は不思議とこの場所やここにいる者たちが嫌いではなかった。


 ここでは、毎日女神への祈りと果物が捧げられ、穏やかで静かな時間だけが過ぎていった。


 そうして、長い年月が流れた。


「天使なのに、どうして黒いの?」


 ある日、一人の子どもが私を指差してそう言った。

 魔界を棲家としていた私が長く留まり過ぎたからだろう。白く輝いていたはずの天使像は、いつしか黒く染まってしまった。


「なんと恐ろしい……」

「子どもたちを近づけてはならん!」


 そうして、私は神官たちの手によって黒い天使像に封じられた。

 長年女神への祈りにさらされた私は、もはや抗う術を持たなかった。


 封じられて三百年余り――彼女に見つけられるあの日まで、私は身動きも取れない闇の中に囚われていたのだ。


「――イグナシオ、どうかしたの?」


 顔を向けると、彼女が少し心配そうに私を見上げていた。


「いえ……何でもありませんよ」

「そう?」


 初夏の涼やかな風に、彼女の亜麻色の髪が靡いた。


「アグネス様……ありがとうございます」


 小首を傾げた彼女に、私は笑いかける。

 私には、祈りも聖像も若葉の冠も必要ない。


 ただ、彼女の傍にいられればそれだけで――


「イグナシオ! ほら、早く行こう!」

「はい」


 私は、誰よりも幸せだ。

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