第44話 神官、狼狽える
(女神様、やっぱり本当にいたんだ……美しすぎるよ……)
魔城に現れた美しい女神エイヴェリーの姿に、わたしたちは皆跪いて頭を垂れた。
マキシマスさんだけは、夢を見るような瞳で女神さまを見つめている。
「おお……女神エイヴェリー様……」
ふわりと春風のように微笑んだ女神さまに、マキシマスさんは静かに涙を零した。
(あれ? でも、なんで女神様がここにいるの……?)
ここは魔城だ。
もしや、恋人の魔王に会いに来たのだろうか――
イグナシオと見たエイヴェリー祭の演劇で、抱き合っていた美男美女の姿が浮かんだ。
「やあ! オルティスの民たちだね。皆、美しい僕のことを崇めてくれて有難う! だけど、僕はエイヴェリーじゃなくて、正しくはエイヴリーなんだ」
(?!?!)
淡い薔薇の花びらのような唇から紡がれたのは、ひどくハスキーな美声だった。
皆違和感を感じているのか、口籠っている。
そんなわたしたちの姿に構わずエイヴリー様は微笑み、わたしにウインクをした。
「ただ、あの神話劇はやめてほしいなぁ。僕は確かに世界一美しいけれど、立派な男神だからね」
(おが……男神?!)
マキシマスさんは、彫像のように固まっている。
「リオンもそう思うだろう?」
頭を垂れたままのイグナシオの前で、エイヴリー様は立ち止まった。
「おかえり、リオン。久しぶりだね。どうして顔を隠してるんだい?」
(リオン……?)
「イグナシオ……エイヴリー様のこと、知ってるの?」
「アグネス様、私は……その……」
白頭巾の隙間から見える瞳は、何故かひどく怯えているように見える。
「お嬢さん。リオンが随分とお世話になってるようだね」
「いえ、わたしは――」
「アグネス様に近付かないでください」
エイヴリー様を遮るようにイグナシオが進み出た。
「そうか……リオンは恋をしてるんだね? 良いね良いね!! それを劇にしてもらえば良いじゃない」
「恋?」
笑うエイヴリー様に、イグナシオは震えている。
「エイヴリー、ふざけないでくださいよ!」
「ははは! 恋は人を変えるって本当だね。……羨ましいなあ。初恋、ってやつだろう?」
「やめてください!」
「イグナシオ? 大丈夫?」
振り返ったイグナシオが、わたしの両肩に手を置いた。
「アグネス様、すぐに帰りましょう」
「おや? お嬢さんは先祖返りだね。ほら、僕たちと耳がお揃いだ」
「アグネス様に近付くなと言ったはずですよ」
(先祖返り……?)
何やら口調が荒くなり始めたイグナシオに、楽しげなエイヴリー様。
まるで嵐のようなこの状況の中でわたしは立ち尽くす他なかった。
「男神?! エイヴェリー様が?」
「嘘だ。俺は信じない……!」
討伐隊の面々は、ひどくざわついていた。
それもそのはず。オルティス王国が国を挙げて祀っている花の女神エイヴェリー。その本人らしき存在が、実は男神なのだと自ら語ったのだから無理もない。
「神よ……どうか嘘だと言ってくれ」
ひどく掠れた声で呟いたマキシマスさん。
彼の脳内では、花冠の可憐で美しい女神像がガラガラと崩れ落ちていた。
「おや? 君は、本部に勤める神官マキシマスくんじゃないか。君の敬虔で真摯な祈りはいつも届いているよ!」
やって来たエイヴリー様に、跪いたまま震える顔を上げるマキシマスさん。
「いつも君の誓いは聞こえているよ。『清らかで、何より美しい僕に生涯を捧げる』と――」
「うわああああ!!?」
「マキシマスさん?!」
膝を付いたまま頭を抱えているマキシマスさんに駆け寄る。重傷だ。
言葉を失ったままの一行に、エイヴリー様は微笑んで両腕を広げた。
「はは、僕の美しさに皆声も出ないようだね。この機会に僕の姿を目に焼き付けると良いよ。女神像よりずっと美しいだろう?」
「エイヴリー様は、皆さんの神ですよね? どうか連れて帰ってください」
困り顔の魔族たちに、膝を抱えて俯くマキシマスさん。
「そうだ。私たちは何も見なかった」
「俺たちは、何も知らない」
そう口々に言って真顔で頷き合う討伐隊の面々。
護衛騎士の一人は、放心状態で立ち尽くしている。マキシマスさんの次に重傷のようだ。
「エラルドさん……大丈夫ですか?」
「……銀の森が、私を呼んでいるようです」
そして、空気のように静かだったエラルドさんは、静かに銀の森へと帰って行った。




