第39話 神官、女子会を見守る
「こんにちは〜!」
扉を開くと、柔らかなベルの音が響いた。
今日は、喫茶『マドンナ』へと再びやって来た。またベリンダさんの誘いだ。
「いらっしゃ〜い♡ あらお嬢ちゃん、また来てくれたのねぇ♡」
「ちゃんと一人で来れたみたいね」
ウインクしたロジータさんに、カウンター席でクスリと笑うベリンダさん。その隣に座っているのは、ギルド受付嬢のヘレナさんだ。
今日は三人で女子会なのだ。
イグナシオには「今日は一人で行くから」と伝えて来た。女子会なんて初めてだし、一人でこんなふうに出かけることは滅多にないからちょっと――いや、かなりドキドキだ。
「ここ、占いが当たるそうですね。楽しみです」
ヘレナさんが「ふふふ」と上品に微笑んだ。
彼女は栗色の髪をハーフアップにして、リボンタイ付きのオフホワイトのブラウスにグリーンのロングスカートを履いている。休日の装いも完璧だ。
対して、ベリンダさんとわたしはいつもと同じ格好だ。冒険者だからね。いつ魔物が襲ってきても戦えるようにしておかなくてはならないのだ。
「じゃあ、注文してから占ってもらう? ヘレナさん、聞きたいことあるんでしょ?」
「もちろん恋の相談よね」とベリンダさんが目を細めると、ヘレナさんは恥ずかしそうに頬を染めた。
「恋する乙女、イイわねぇ♡」
「うふふ♡」と笑ったロジータさんは、今日はショッキングピンクのスカーフに、同じ色のキャミソールワンピースを着ている。なんというか、全体的に目に毒々しい。
その後ろでは、フリル付きの青いブラウスに白いパンツスタイルのジルさんがクリームケーキをカットしている。今日もツヤツヤのポニーテールは健在だ。
「なに食べようかなぁ……」
わたしは、メニュー表を真剣に眺め始めた。
◇
喫茶マドンナの入り口の脇のテーブル席。カウンターが一望できるその席には、一人の男が座っていた。
無造作に下ろされた焦茶色の前髪からは、鋭い琥珀色の瞳が覗いている。身に付けているのは、ラフに着崩したグレーのシャツ。『突撃! 世界遺産の不思議』という大型の特集雑誌を手にしているが、逆さまだ。
男の視線は、カウンター席の真ん中に座る栗色の長い髪の女性へと向けられていた。
――コンコン。
響いた音に、男が窓に顔を向けると白い神官服を纏った一人の男が笑顔で立っていた。
(竜殺し殿……!!)
「クラウスさん、こんにちは」
目を見開いたクラウスが、身振り手振りを交えて大きく口を動かす。
(か・え・っ・て・く・だ・さ・い!)
コクコクと笑顔で頷いたイグナシオは、何食わぬ顔でマドンナの扉を開けた。
柔らかなベルの音が響く。
「いらっしゃ〜い♡ ……あら?」
ものすごい速さでイグナシオをテーブル席の奥に座らせたクラウスは、血走った目でイグナシオを睨み付ける。
「喋らないでください。良いですね?」
「クラウスさん、声が小さいですよ」
「小さな声で話してください……!」
「……どうしてこそこそ隠れているんですか?」
イグナシオは、ちらちらと彷徨っているクラウスの視線を辿る。そこには、楽しげに笑うヘレナの姿があった。
「ああ、受付の――こういうの、何て言うんでしたっけ……」
クラウスがイグナシオを見つめ返す。
「ああ、思い出しました。確か、“ストーカー”って言うんですよね?」
「なっ……」
(あ、貴方にだけは言われたくない……!)
爽やかに微笑むイグナシオを見つめながら、わなわなと小刻みに震えるクラウス。
「断じてそのようなことはありません。私は、彼女を守るために、こうしているのです」
「それでは、私と同じですね」
「………」
クラウスの眉間には、深い皺が刻まれている。
そのとき、窓の横を黒い神官服が通り過ぎた。
◇
冷えたミルクティーを味わっていると、入り口のベルの音が響いた。新しいお客さんだ。
「いらっしゃ〜い♡ あら、素敵な神官さんね♡」とロジータさんが投げキッスを送ると、その男性は目を見開いて固まった。
「あれ? マキシマスさんだ」
「こんにちは。コーヒーをひとつお願いします」
新たな客はマキシマスさんだった。こうして見ると、とてもまともな神官に見える。
「席はどこが良いかしらん?」
「カウンター、空いてるわよ」と笑ったベリンダさんに、「それでは、失礼します」とマキシマスさんはカウンターの端の席に腰かけた。
「神官さんなのにたくましいカラダ、グッとくるわねぇ♡」
「それはどうも。……女性に褒めていただくのは照れますね」
「あら嬉しい♡ アタシもすご~く照れちゃうわ♡」
(えっ?!)
マキシマスさんは、ロジータさんを女性だと認識しているようだ。びっくり。
「それは……まさか女神エイヴェリー様では」
「そうよん♡ カードの名前は『妖精女王』だけどね」
わたしが引いてもらったカードを食い入るように見つめるマキシマスさん。「このカードは、どこに行けば手に入りますか?」とロジータさんに聞いている。
「これは占いのカードよ♡ やってみる?」
「お願いします!」
力強くそう答えたマキシマスさん。
気合十分に立ち上がったマキシマスさんを前に、ロジータさんは上機嫌にカードのシャッフルを始めた。
わたしたちは、ジルさんお手製の桃のタルトを頬張りながらそれを眺める。
「あらヤダ……『塔』ね」
ロジータさんが手にしたカードには、雷が落ちた塔から男の人が転落している絵が描かれている。素人目にもかなり不吉だ。
「おお! 『妖精女王』ではない……!」
(心の声、漏れてるよ……)
マキシマスさんは、お目当てのカードが出なかったことにショックを受けている様子だ。
「好きなだけ見て良いわよ」とロジータさんから渡された『妖精女王』のカードを目に焼き付けるかのように見つめている。
「お待たせしました、コーヒーです」
「どうもありがとうございます」
ジルさんが淹れたばかりのコーヒーを、マキシマスさんはゴクゴクと飲んでいる。熱くないのだろうか。
「まあ、『塔』には“転機”って意味もあるし……ポジティブにいきましょ♡」
「そのうち、何か人生を揺るがすようなことがあるかもしれないけどねん♡」とロジータさんはお茶目に笑った。
マキシマスさんは、『妖精女王』のカードしか見ていない。
「マキシマスさんって、面白い人ね」
「そうですね」
わたしはベリンダさんに頷くと、冷えたミルクティーをゆっくりと飲み干す。
ベリンダさんは、面白い人が好きなのだろうか。
その向こうでは、ヘレナさんが紅茶のカップを静かに口にしている。さすが受付嬢、仕草も上品だ。
(わ、綺麗……)
ブラウスから覗くヘレナさんの手首に目がいった。華奢な鎖に琥珀色の小さな宝石が付いていて、大人っぽくて素敵なブレスレットだ。
「ヘレナさん、そのブレスレット素敵ですね」
「ありがとうございます。……これは、宝物なんです」
ブレスレットに触れ、はにかんでそう言ったヘレナさん。
どこからか低い咳払いが聞こえたが、マキシマスさんかロジータさんだろうか。
「それにしても……竜殺し殿は、どうして離れて座っているのですか?」
「えっ?」
マキシマスさんの視線を辿って振り返ると、そこにはイグナシオが座っていた。
「いつの間に?! 全然気が付かなかったよ」
「アグネス様が心配で来てしまいました。クラウスさんと――むぐっ!」
「えっ?」
イグナシオの向かいには、焦げ茶色の髪の男の人が座っている。ちょっとだけ危険な雰囲気のクールな男前だ。
「……皆さん、奇遇ですね」
眼鏡は掛けていないのに、眼鏡を押し上げる仕草をした男の人。
聞き覚えのあるその声と物言いに、「クラウスさん?!」とわたしたちは目を見開いた。
「その声……副ギルド長よね? 休みの日は、随分感じが違うのね」
「わたしも誰だか分かりませんでした。お洒落ですね」
「そうよね! 副ギルド長、その方が良いわよ」
わたしとベリンダさんの言葉に、クラウスさんは驚いた表情をしている。
「――ダメですっ!」
突然に声を上げたヘレナさんに、視線が集まる。
目を丸くしているクラウスさんに、ヘレナさんは立ち上がって歩み寄った。
「……ヘレナさん?」
「その……副ギルド長に、女性がまた集まってくると困るので……」
そう小さく言ったヘレナさん。
クラウスさんは目を少しだけ瞬かせてから、頬を淡く染めた。
「ヤダ〜♡ 惚気なら外でやってちょうだい!」
顔を真っ赤にしたクラウスさんとヘレナさんに、わたしたちは小さく笑った。
ヘレナさんの占いで出たカードは『恋人』のカードだった。なんだか、二人はとても上手くいくような気がする。
わたしは、迎賓館で式を挙げる幸せそうな二人の姿を想像してしまったのだった――




