第38話 神官、成敗する
「おお! 素晴らしい……なんというお美しさだ」
リベラの街の花時計の広場は、今日も賑わっていた。その中心に佇む、女神エイヴェリーの純白の聖像の前に黒い神官服を纏う神官が一人。
彼は、白く美しい花のような女神のかんばせに暫しうっとりと見惚れると、キリッと表情を引き締めてその足元に跪いた。
「成る程、彫刻師バルトロメオの――彼の作品はどれも見事だ」
「あれ、マキシマスさんだよね?」
女神像の足元に片膝を付いて、何やらブツブツと呟いているマキシマスさんを見つけた。
失礼だが、どう見ても変な神官だ。
道行く人が遠巻きに視線を向けているのには、全く気付いていないようだ。
「まさに女神エイヴェリー様の美を表した最高傑作だな。小さなレプリカはないのだろうか……」
「アグネス様の方がずっと可憐でお美しいですよ」
「竜殺し殿、こんにちは……お言葉ですが、神と人とを並べることはできませんよ」
「アグネス様の方が可愛いです」
「確かに――いや、女神エイヴェリー様の方が」
「素直に認めた方が楽になりますよ」
女神像の前で向かい合う長身の男二人。更に、どちらも神官で片方は白を着ている。目立たないわけがない。
「女神エイヴェリー様はエルフの始祖。アグネス殿の祖先に当たるお方です。つまり、エイヴェリー様の方が――」
「関係ありません。アグネス様が一番です」
「それは、あくまで竜殺し殿の意見でしょう」
「その言葉、そのままあなたにお返ししますよ」
(はぁ……疲れるなぁ)
大通りでマキシマスさんとイグナシオが言い合いを始めてしまった。マキシマスさんは、女神エイヴェリーのことになると熱くなるようだ。
今更だが、知り合いと思われたら恥ずかしいので、二人から少しだけ離れてみる。
「あれ? あの子……」
屋台通りの外れ、いかにも怪しい男の人が小さな女の子の手を引いている。向かう先は薄暗い裏路地だ。
(まさか、人さらい……?)
誘拐か、奴隷商人か――
どちらにせよ、見過ごすことなどできない。
わたしは、女の子の姿を追うべく走り出した。
◇
「おねえちゃん……」
「大丈夫だよ。おねえちゃんが一緒にいるからね」
「大人しくしてりゃあ、怖いことは何もねえからよ!」
わたしは、小さな女の子と一緒に見事に捕まってしまった。
路地裏が狭すぎたのと、小さな子どもたちが数人いて上手く精霊魔法を展開できなかったのだ。
「ボス! 戻りやした!」
上機嫌なゴロツキに連れ込まれたのは、迷路のような路地裏の奥にあるボロ家だった。そこには、やたら可愛らしい顔立ちの子どもばかりが集められていた。大方売り飛ばす目的だろう。
「いやあ、ツイてます! 今日はべっぴんの嬢ちゃんも捕まえました! 少し大きいですが、高く売れますぜ」
「ママのところに帰りたい」
「きっとすぐにママに会えるから、待っててね」
そう小さく囁くと、小さな女の子はコクリと頷いてわたしの服を握った。
(イグナシオが、来てくれるはず……)
不安そうにわたしを見上げている女の子の手を握ろうとしたが、手首が拘束されていて出来なかった。
「そいつは……」
ゴロツキのボスは、わたしの顔や身なりをマジマジと見つめている。鋭い眼光のはずなのに、その瞳の奥にはどこか恐れが感じられた。
「ボス、もしかして見惚れてます〜? なんと、エルフの可愛い子ちゃんですぜ! いやあ、お人形よりキレイでしょう?」
「あの〜。この手のやつ、解いてもらって良いですか?」
「そりゃできねえな。……ボス? どうしやした?」
縄は解いてもらえなかった。これから彼らに下るであろう鉄槌の威力を和らげてあげようとしているというのに――
イグナシオは、きっとすぐにやって来る。もしかしたら、一緒にいたマキシマスさんも来るかもしれない。
「お前……その嬢ちゃん、どこで捕まえた」
「えっ? 自分の方からやって来てくれやしたぜ」
「……聞いたことないか……白い神官の話」
イグナシオは、すっかり有名人になったようだ。
「ああ……なんか魔王みたいに強い神官がいるらしいですね。スタンピードを炎で吹き飛ばしたとか」
「そいつだよ。そいつの連れだよ!!」
「えっ」
顔を引き攣らせたゴロツキが、厄病神でも見るような視線をわたしに向けた。
「その嬢ちゃん、早く返して来い――!!」
ゴロツキのボスがそう叫んだとき、轟音が響いた。
破壊されてごうごうと燃え上がる壁。
その向こうで白と黒の神官服がはためいている。
現れたのは、イグナシオとマキシマスさんだった。
「アグネス様!!」
「イグナシオ!」
やっぱり来てくれた。多分、わたしにはイグナシオ専用の発信機でも付けられているのだろう。そんな気がする。
イグナシオはわたしに駆け寄ると、拘束された両手首に目を留めた。
「アグネス様、その縄は何ですか?」
にっこりと微笑んだイグナシオ。目が笑っていない。
彼の後ろの崩れた壁は燃えているのに、空気が冷えていくように感じられた。
「すべてコイツがやりました!!」
ゴロツキのボスが、ゴロツキをずずいと押し出した。
「ボス!! そりゃないっすよぉ……!! 可愛い子ちゃん集めて来いって言ったのボスでしょう?!」
「さぁ、懺悔の時間ですよ」
「加減してあげて!!」
揉み合いになっていたゴロツキ二人を、イグナシオがメイスでドゴンと弾き飛ばした。幸い、気を失っているだけのようだ。
これから取り調べもあるだろうし、何よりこの子たちに残酷な光景は見せたくない。
「アグネス殿、ご無事ですか」
「わたしは平気です! 子どもたちをお願いします」
あたりに潜んでいたらしいゴロツキ数人も合わせて捕縛すると、マキシマスさんは子どもたちを保護していく。
さすが教会本部の神官、手並みが鮮やかだ。
「アグネス殿、一人で乗り込むなんて無謀が過ぎますよ」
「はい、マキシマスさんの仰る通りです……」
「……ですが、アグネス殿のおかげで多くの子どもたちを救うことができました。心からの感謝を」
淡く微笑んだマキシマスさんに、わたしは笑い返した。
「しかし、竜殺し殿……何も燃やさずとも……」
マキシマスさんは、燃え盛る瓦礫を見つめている。
「何か問題がありますか? 子どもたちに害はないですよ」
いつの間にか、子どもたちには結界が掛けられていた。
「それは……ですが、証拠品などがあるかもしれないので」
「すみません。イグナシオは、炎しか使えないんです」
「えっ……そうなのですか」
イグナシオは結界や保護魔法は使えるが、四大元素魔法は炎しか扱えないのだ。
「何かいけませんか」
「いえ、そのようなことは……」
マキシマスさんは、少し難しそうな顔をしている。
少し遅れて、リベラの騎士たちや自警団が集まってきた。ゴロツキを連行し、保護された子どもたちも連れて行かれる。
わたしは、笑って手を振る女の子に手を振り返した。
「ご協力、ありがとうございます。失礼ですが、お名前と所属を教えていただいても宜しいですか」
騎士が一人来て、マキシマスさんとイグナシオが名乗っている。
少しして、イグナシオが戻ってきた。
「アグネス様がご無事で、本当に良かったです」
「助けに来てくれて、ありがとうね」
「はい」
「でも、よくわかったね。わたしの居場所」
そう言うと、イグナシオがほんの僅かに目を見開いてから、ふわりと微笑んだ。
「アグネス様の居場所は、いつでもわかるようにしていますから」
「……そっかあ」
やっぱり、わたしには何か付けられているようだ。
「これが、例の火柱の片鱗か? ……熱くはない。一体どうなっているのだろうか」
まだ炎が残っている瓦礫の傍に跪くと、何やら黒い手帳を出してペンを走らせるマキシマスさん。
「おお! 消えてしまった……炎は二十分程度で全て消失……と。調査官、マキシマス……」
(マキシマスさんって、調査官なんだ……)
“火柱”と言ったからには、スタンピードの一件で派遣されたのだろうか。
教会本部、この人に調査を任せて大丈夫なのか。




