第32話 神官、不穏な依頼を受ける
「ダリオさん、こんにちは」
「おう、来てくれたか」
わたしたちは、ギルド長室を訪れていた。
先日の一件だろうか――わたしは、イグナシオをちらりと窺い見た。
ギルドの調査の結果、スタンピードが起きたダンジョンは元の状態に戻っているそうだ。
王都のギルドから調査員が大勢来て現場検証が行われたが、スタンピードが早まった原因は不明で「アグネス様に怖がられたくないので、嫌です」とイグナシオは火柱の欠片も見せようとはしなかった。
そして、領主さまからストップが出たため、調査員は引き上げていった。領主さまが何だかイグナシオの言いなりに見えたのは気のせいだろうか。
「実はな、二人に依頼があるんだ」
少しだけ神妙な面持ちのダリオさんは、わたしたちをじっと見据えた。
王都に住む貴族からの依頼で、二日前に魔物に攫われた令嬢を助け出す任務とのことだ。
話を聞いたイグナシオが、怪訝そうに眉をひそめる。
「魔物に? それでは、もう手遅れなのでは」
「いや、令嬢は無事とのことだ」
「……何故わかるんですか」
「さあ……その貴族がそう言ってるそうだ。報酬は弾む。絶対にS級にしろと譲らなくてな」
「二人にしか頼めないんだ」と言われ、黙り込むイグナシオ。
「ねぇ、助けてあげようよ」
そう言うと、イグナシオは微かに微笑んで頷いた。
「恩に着る! 貴族からの依頼は断りにくいんだ。悪いがよろしく頼む」
安堵の表情を浮かべたダリオさんは深く頭を下げた。
そうして、わたしたちはギルド間の転移魔法陣を使わせてもらい、王都へと向かった。
◇
王都のギルドの空気は冷たかった。
対応は丁寧だし物腰も穏やかだが、どこか温度が感じられないのだ。
それは、華やかな王都の街も同じだった。
(わたし、こんな大きな街の生活は合わないんだろうなぁ……)
王都のギルドを出て貴族邸へ向かう道中、色鮮やかな人だかりに遭遇した。
「何あれ?」
「とりにてぃ☆えんじぇるず、だそうです」
「えんじぇるず……?」
やたらと男性が多く、ほとんどの人が『とりにてぃ☆えんじぇるず』とデカデカと書かれた上着を着ている。どうやら、人気の歌姫の野外ライブが行われるらしい。
「やっぱりミリーちゃんだろ!」
「いや、ターニャんしか勝たん」
「私のアグネス様が一番可愛いに決まっています」
「イグナシオ! 恥ずかしいからやめてよ」
わたしは、イグナシオの袖を強く引いた。イグナシオの発言には慣れているが、歌姫たちと張り合うなんてごめんだ。恥ずかしすぎる。
「そちらのお嬢さん。失礼ですが、お名前は」
「えっ? わたしですか?」
「アグネス様に何の用ですか」
突然声を掛けてきた眼鏡の男性を遮るように、イグナシオが立ちはだかった。
「素晴らしい逸材だ。とりにてぃ☆えんじぇるずの新メンバーになりませんか?」
「はぁっ?!」
信じられない発言にわたしが神官見習いらしからぬ声を上げると、並んで立つ歌姫たちのパネルを見たイグナシオがずいと前に出た。
「勿論、アグネス様が真ん中ですよね?」
「センターはミリーちゃんだ!」
「ターニャんしかいないだろ!」
「絶対にアグネス様が――」
「行くよ! イグナシオ!」
歌姫のファン達と揉め出したイグナシオの腕を強く引っ張る。
(何かの冗談でしょ)
「お待ちください! どうかこれを!!」
強引に渡された名刺と、ふわふわの可愛い衣装を着た女の子二人のぬいぐるみがぶら下がったキーホルダー。
(可愛い……)
それを腰の収納ポーチに仕舞うと、わたしは歩き出した。
「アグネス様、ついにアグネス様の素晴らしさをこの地上に知らしめるときが――」
「はいはい。わたし、歌姫なんてやらないからね」
そして、わたしたちは貴族邸に到着した。
王都の貴族街に佇むその広大な邸には、異様な雰囲気が漂っていた。




