第28話 神官、偽物を捕らえる
イグナシオのふわりとした金の髪と神官服の白い裾が潮風に揺れている。
わたしたちは、海辺の街ルアの港に身を潜めていた。
「イグナシオ。ねぇ、あれ見て」
わたしたちは、港の倉庫の影から顔を覗かせた。視線の先にいるのは、神官と神官見習いらしき二人組と行商人だ。その向こうには、大きな船が停泊している。
行商人は砂漠の国の装いをしているから、南の大陸に行こうとしているのかもしれない。ギラギラしている指輪を幾つも付けていて、いかにもお金持ちに見える。
(あれ、間違いなくニセモノさんだよね……)
そばかすのある薄茶色の髪の若い男性は、白い神官服のようなものを着ている。白いロングコートをリメイクしたのだろうか。作りが粗いから、手縫いかもしれない。ちくちくと縫っている姿を想像すると妙に健気で少し笑える。
(あれ、わたしのつもり……?)
偽イグナシオの傍らに立つ、くたびれた神官見習いの服を着たふわふわの金髪の少女は、何だかやたらと乙女チックなロッドを握り締めている。子ども向けのおもちゃみたいで、すごく恥ずかしい。それでわたしの名を名乗るのはやめてほしい。
「神官のイグナシオです。S級冒険者の私がいるからには、安全な船旅をお約束しますよ」
「わたしは神官見習いのアグネスで〜す♡ がんばります♡」
「へぇ……奇遇ですね。私たちも同じです」
「「ヒィッ……!?」」
いつの間にか、二人組の後ろで微笑むイグナシオ。彼の背景が黒ずんでいるのは気のせいだろう。
振り返ったニセモノ二人組は真っ青な顔で立ち尽くしている。
「イグナシオ、ちょっと……」
笑顔のイグナシオが放つ殺気に、行商人の男性は「わ、私はこれで……」と慌てて走り去っていった。
「山のヌシは、私が退治しておきましたよ」
「ゆ、許してくださーい!!」
偽物の二人組は、石畳に両手と両膝を付いた。男性の方は、ぶるぶると震えている。
「テンテ村の人たちにもらった三百ルミナ、ちゃんと持ってますか? わたしたちが立て替えたんだから、きちんと返してくださいね」
わたしが腰に手を当ててそう告げると、偽イグナシオは懐から皮の袋を取り出した。
「すみませんでした! 返しますから、どうかじいちゃんにもギルドにも言わないでください!!」
「えっ? ホンモノのアグネスちゃん? かっわいい〜♡」
「少しは見どころがあるようですね」
二人組は、“ピート”と“ベッキー”と名乗った。うだつの上がらない冒険者で、出来心で始めたは良いものの、実力が伴わず山のヌシから逃げてしまったらしい。
でも、依頼金の持ち逃げはダメだよね。
(すぐ折れちゃいそう……)
偽イグナシオの彼は、古びた木製のメイスらしきものを背負っている。石畳を殴ったら壊れそうだ。
わたしを騙るのはともかく、E級でS級のイグナシオのふりをするのは無謀が過ぎる。船旅でクラーケンにでも襲われたらどうするつもりだったのだろうか。
「どうか見逃してくださいっ!!」
「ホンモノのイグナシオさん、かっこよすぎ……」
「神官と呼んでください」
額を石畳に擦り付けるピートさん。ベッキーさんは、ぼーっとわたしたちを見上げている。
(うーん……どうするべきかな)
ちらとイグナシオを見ると、彼がにっこりと微笑んだ。
「アグネス様、良いことを思いつきました! 人魚にこの二人を捧げましょう。世直しにも貢献できて、まさに一石二鳥ですね」
「えっ? 人魚って本当にいるの?」
「ええ、いますよ。この二人と引き換えに、人魚の涙をもらいましょう」
微笑んだイグナシオの傍らに、淡く光る亀裂が浮かんだ。まさか――
「えっ? なあに?」
「ちょ、待ってくれ――!!」
ジタバタと抵抗するピートさんとぼうっと立っていたベッキーさんを、イグナシオは収納へと押し込んだ。
(人も入るんだ……まぁ、何とかなるよね。たぶん)
さすがは、制限なしの無限収納だ。
そして、わたしたちは『人魚の涙』を求めてエメラルドグリーンの海へ向かうのだった――
◇ピート
イグナシオを騙っていた青年。白い神官服はお手製。
◇ベッキー
アグネスを騙っていた少女。夢は魔法少女。




