第26話 神官、占われる
「アグネスさん、こっちよ!」
リベラの繁華街にある時計台の前で、ベリンダさんが手を振っている。今日は彼女の誘いでお茶をすることになったのだ。
「ベリンダさん、お待たせしました」
「大丈夫よ。私も来たばかりなの」
わたしの後ろを見て、彼女が小さく笑う。
「やっぱり、神官さんも一緒よね」
「アグネス様を守る使命がありますからね」
当然のように答えるイグナシオに、ベリンダさんは楽しげに目を細めた。
「面白い喫茶店を見つけたのよ」
「どんなお店なんですか?」
「美味しいスイーツやコーヒーと、何より占いがよく当たるって評判らしいの。夜はバーになるそうよ」
「へぇ……」
どんなスイーツがあるのか楽しみだ。
「雰囲気のあるお店ですね」
「さ、入りましょ」
喫茶店『マドンナ』は、繁華街の路地裏にひっそりと佇むようにあった。
扉を押すと、どこか懐かしいベルの音が響く。
「いらっしゃ~い♡」
(おば……おじさん?)
カウンター席で笑って迎えてくれたのは、厚化粧に紫色のマーメイドドレスを着た性別不詳の人物だった。年は、ダリオさんと同じくらいだろうか。金色の長いウェーブヘアを下ろしている。
「あらぁ、イイ男♡ 今日は良い日になりそうだわ♡」
「どうも。あなたがこの店の店主ですか」
「アタシはロジータ。この店のマドンナよ♡」
「これは、失礼を」
軽く頭を下げたイグナシオに、ロジータさんはにっこりと微笑んだ。
(男の人、だよね……?)
スカーフを巻いているロジータさんの喉元は見えない。だが、たくましい胸板に広い肩幅――失礼だが、どう見ても女性には見えなかった。
「あら、お嬢ちゃんは緊張してるのかしら♡」
笑って誤魔化していると、カウンターの奥から長身の美女が颯爽と現れた。
「いらっしゃいませ」
淡々と落ちたのは、落ち着いたハスキーな声だった。
ゆるやかに波打つプラチナブロンドのポニーテールに、レースのスタンドカラーの水色のブラウスに白いパンツを履いている。
客商売にしてはかなりクールな表情――つまり、無表情だが……。
(綺麗な人だなぁ……)
「どうも……兄さんと違って、自分は仕事でやってるだけです。テーブル席とカウンター席、どちらが良いですか」
「ジル! アンタせっかくその見た目なんだから、きちんと喋りなさいよね」
「それに、アタシのことは『お姉様』って呼ぶよう言ってるでしょ?!」と詰め寄るロジータさんに、ジルさんは「はいはい」とグラスを磨いている。
全くもって似ていないが、まさか兄弟なのか。
「アグネス様、どこの席が良いですか」
「うーん……ベリンダさん、どうします?」
「じゃあ、カウンターにしましょうよ」
(えっ? 近くない?)
まさか、ベリンダさんがカウンター席を選ぶとは予想外だった。さすが、女性の身でソロを張っているだけはある。
カウンター席に座ると、ベリンダさんは店内をゆっくりと見回した。
赤みがかったダークブラウンの木製のテーブルに、ステンドグラスのランプ。壁に飾られたお洒落な瓶には、色とりどりの液体が入っている。
「良いお店ね。私、こういう雰囲気大好きなの」
「あら、嬉しいわ♡」
上機嫌のロジータさんは、お尻をフリフリさせながらカウンターの奥へと入った。
「メニューはこちらからどうぞ」
ジルさんが差し出したメニュー表には、パフェやアイスクリームや飲み物が書かれている。
(何にしようかなあ……)
お洒落な名前の飲み物は、きっとカクテルだろう。棚のカラフルな瓶はお酒なのか……残念だ。
「私は紅茶とサンドイッチで。アグネス様はどれにしますか」
「えとね……フルーツパフェとアップルジュースにする。ベリンダさんはどれにします?」
「私はコーヒーとバニラアイスにするわ」
「畏まりました」
ジルさんがコーヒーを淹れ始めた。そのまま、無駄のない動きでティーカップやお皿を並べ始める。
「アナタたち、他に用があるんじゃない?」
「うふん♡」と笑ったロジータさんに、小さく笑い返すことしか出来ない。
「占いが当たるって聞いて……見てもらえます?」
「勿論よ♡ 一人ずつで良いかしら?」
にっこりと目を細めたロジータさんに、イグナシオは静かに首を振った。
「いえ、私は結構です」
「せっかくだから一緒に見てもらおうよ!」
「わかりました」
「決まりね♡」
占いはロジータさんの担当らしい。
わたしたちは、ベリンダさんから順に見てもらうことになった。
「で、何を見てほしいのかしら」
「私は……運勢を、見てほしくて」
「そう、運勢ね。……じゃあ、見るわよ」
ニヤリと笑ったロジータさんがベルを鳴らすと、澄んだ音色が響き渡った。
彼女は年季の入ったカードをシャッフルすると、その中から一枚を引く。
「あら、『女帝』のカードが出たわ」
ロジータさんが捲ったカードには、美しい女王が描かれている。その堂々とした美しい佇まいが、少しベリンダさんに似ている。
「アナタはねぇ、隙がなさすぎるのよね。でも、どうでも良い男たちにワンサカ寄ってこられるのもねぇ……モテる女って、ツライのよね」
「よく分かるわぁ」と頷くロジータさんに、ベリンダさんは「どうすれば良いですか?」と真剣な顔で聞いている。
想像しかできないが、モテる女は確かに大変そうだ。
「ちょっとした遊び心が大切よ♡ アナタは勘が鋭いから、変な男は分かるはず。少しでも興味を持ったら、軽くオトモダチになってみたら良いわ」
「アナタ、分かってると思うけど、夜に会っちゃダメよ」とロジータさんは念押ししている。まるで母親のようだ。
「さぁ、次はお嬢ちゃんね。何が知りたいのかしら」
「わたし、アグネスって言います。占いとか初めてで……おまかせします」
そう言って頭を下げると、ロジータさんはクスリと小さく笑った。
再び、大きな手でカードのシャッフルが始まった――
「あら……アナタ、精霊に守られてるみたいね。それに――何か、とんでもないのに気に入られてるみたいよ」
ベリンダさんがイグナシオをチラリと見た。
ロジータさんが引いたのは、『妖精女王』のカードだった。
「これは、ジャンプカードよ。伝えたいメッセージがあるときに出てきたりするのよね」
シャッフル中に飛び出した一枚のカードには、茶色のローブで身を隠すように背を向ける絵が描かれている。『隠者』だ。
「アナタには、何か隠されてるわね……それが何かはアタシにはわからないけど」
「何か……良くないことなんですか?」
「ウ~ン……悪くはないみたいだけど……」
「アタシ、エルフの子見るの初めてなのよ。人族や獣人族だともっと見やすいんだけど。悪いわね」とロジータさんは申し訳なさそうにしている。
(とんでもないのって、何だろう……)
「次はイグナシオの番だよ」
「では、お願いします」
「じゃあ、気合入れていくわね」とロジータさんがカードの束を握った。
真剣な顔で、シャッフルが始まる。
そのとき――
「わっ!」
一枚のカードが飛び出したかと思うと、シャッフル途中だったカードがバラバラとテーブルの上に散らばった。
「あら、ごめんなさいね」
散らばった中に、一枚だけ絵が見えているカードがあった。ラフな服装の若者がおどけたように笑っている。
「……『愚者』のカードね」
(えっ? “愚か者”って意味?)
イグナシオは、顔色も変えず静かに微笑んでいる。嫌じゃないのだろうか。
「どこまでも愚かになってしまうほどの熱い想い……イイわねぇ♡ アタシ、嫌いじゃないわ!」
(あれ? カードが落ちてる)
イグナシオの足元に、一枚だけ落ちているカードに手を伸ばす。
「イグナシオ、カードが――」
落ちたカードを拾おうとした瞬間、「アグネス様、私が」とイグナシオがカードを拾った。
「これが落ちていたようです」
カードを渡されたロジータさんは一瞬だけ目を見開いた。
だが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
彼女は微笑みながらそのカードを束の中に差し込んだ。まるで、隠すかのように――
「ロジータさん、何のカードだったんですか?」
「あら、見るの忘れちゃってたわ」
大きな手で軽くシャッフルされたカードは、ショッキングピンクのベルベットの巾着袋に仕舞われてしまった。
「イグナシオ、何のカードだったの?」
「さぁ……見ていませんでしたね」
「えっ? 絶対見てたよね? ベリンダさんは見えました?」
「見てなかったわ」
「そうですか……」
結局、イグナシオのジャンプカードは、分からずじまいだった。銀色の髪が描かれていた気がするが――
そこへ、ジルさんがトレーを手にやって来た。
「お待たせ致しました」
「わ、美味しそう! いただきまーす」
ジルさんが出してくれたフルーツパフェは、瑞々しいフルーツがたくさん乗っている。わたしは、大きめにカットされた桃を頬張った。
「アグネス様、美味しいですか?」
「うん!」
そう返すと、イグナシオは嬉しそうに微笑んだ。
「イグナシオも少し食べる? とっても美味しいよ」
「アグネス様の美味しそうな姿を見ているだけで十分です」
「あら嫌だ。当てられちゃうわね〜」
「本当に」
小さく笑い合うロジータさんとベリンダさん。
カウンターの向こうでは、ジルさんがサンドイッチを作っている。イグナシオの分だ。
(サンドイッチなら、わたしでも作れるかな……)
わたしは、クリームを食べながらその様子を眺めたのだった。
◇ロジータ
喫茶『マドンナ』の店主で占い師。接客担当。
◇ジル
ロジータの弟。主に調理担当。




