第24話 神官、花を贈る
エリシアの花の蜜を手に、ファビオさんはお母さんの元へと帰った。
そして、数日が経った頃に彼からお礼の手紙が届いた。
(お母さん、大丈夫だったかなぁ……)
わたしたちは、広場のベンチに腰掛けて封を開けた。緊張しながら、畳まれた紙をそっと開く。
「なになに……良かった! お母さん、治ったって!」
そう言って見上げると、傍らのイグナシオがふわりと微笑んだ。
ファビオさんのお母さんは、無事に快復したそうだ。なんと、病が治るどころかすこぶる健康体になり、十歳は若返ったらしい。エリシアの花の蜜の効能にびっくりだ。
そして、数日が経ったある日。二人はリベラにやって来た――
「この度は、本当にありがとうございました!」
「息子も私も本当にお世話になって、すみません。キノコに当たっただけなのに、皆大騒ぎして恥ずかしいわ……」
「母ちゃん……!」
「ふふ。お母さん、元気になって良かったですね!」
「腰痛に肩こりまで治って、肌も白髪頭もこの通り。まるで夢のようで……でも、とても貴重な花だったのでしょう? 私なんかのために、悪くってね……」
申し訳なさそうに深々と頭を下げた二人に笑いかける。
ファビオさんのお母さんは、毒キノコに当たってしまったらしい。でも、元気になって本当に良かった。
「神官様、アグネスさん、女神エイヴェリー様の祝福を」
ファビオさんのお母さんから、袋を差し出された。中には、たっぷりの緑色の豆が入っている。
「うわぁ! 美味しそうなお豆がたくさん! ありがとうございます」
「収穫したばかりなんです。スープやサラダにするのがおすすめですよ」
「豆のカレーも中々美味いっすよ!」
「へぇ……食べてみたいです!」
「ぜひ、作り方を教えてください」
イグナシオは、ファビオさんのお母さんから豆のカレーの作り方を教わり、メモに記していた。
「ポンテ村にも、遊びにいらしてくださいね! 畑ばかりで何もない所ですけど、ぜひうちでゆっくりしていってください」
ファビオさんのお母さんはそう言って笑った。
お邪魔しに行ったら、新鮮なお野菜がたくさん食べられそうだ。
「本当にお世話になりました。それじゃあ、俺たちはこれで」
二人は深々と頭を下げると、去っていった。
笑顔で言葉を交わす二人の後ろ姿に、胸が暖かくなる。
ファビオさんは、お母さんにリベラを案内するらしい。さりげなく、迎賓館とリベラの湯を勧めておいた。
「たくさん、お豆もらっちゃったね」
「料理に使いましょう。預かっておきますね」
お豆のカレーが楽しみだ。
目の前では、女神像が佇む噴水が煌めいている。
わたしは、広場で駆け回る子どもたちを眺めていた。
(なんだか懐かしいな……わたしも、子どもの頃に――)
「アグネス様」
イグナシオの声に、浮かびかけていた遠い日の情景が泡のように消えていった。
「どうしたの?」
「これを……アグネス様に」
イグナシオから差し出されたのは、エリシアの花だった。
摘みたてのように花びらは瑞々しく、ほのかに青白く光っている。
「綺麗……あれ? これ、髪飾りになってる」
「はい。枯れないようにしました」
「そんな魔法があるの?」
「はい。ずっとこのままです」とイグナシオは微笑んだ。
花の裏側には、小さな銀細工のクリップが取り付けられている。
わたしは、クリップに刻まれた繊細な細工に見惚れていた。まるで、何かの紋様のようだ。
「花冠の方が良かったでしょうか……たくさん採ってきて、花冠にしましょうか」
イグナシオはちらりと噴水に目を向けた。白い女神像の頭には、花冠が飾られている。
「良いよ! わたしはこれが良い。イグナシオが作ってくれたんだもん」
そう言うと、はにかんだ彼はほんの少しだけ視線を落とした。
エイヴェリー祭で見た、花冠の少女たちを思い出す。あの時、羨ましいと思っていたことを、彼は気付いていたのだろうか――
「ありがとう。……イグナシオ、こんなのも作れるんだね」
「アグネス様のために作りました。付けてくれますか?」
「もちろんだよ!」と笑うと、彼は嬉しそうに目を細めた。
自分で付けようとしていた花飾りを、彼がそっと取った。そのまま、彼の手がわたしの髪へと伸びる。
「よく似合います」
「……ありがと」
何だか恥ずかしくなったわたしは、少しだけ俯いた。鏡はどこだろうか。
キョロキョロしていると、ゆらりと水鏡が現れた。水の精霊さんだ。
(ありがとう)
心の中でそう礼を言うと、水鏡が柔らかな波紋を描いた。
「綺麗……」
青い帽子の下に、エリシアの花が淡く輝いている。本当に幻想的な花だ。
「光ってる……蜜は溢れないんだね」
「蜜は採取しましたよ」
「えっ?」
蜜を採っても、光は消えないのか――
「アグネス様のために、花の時間を止めました」
まさか、永遠に時間を止めたと言うのだろうか。
わたしは、そっとエリシアの花に触れた。
少しひんやりとした白い花びらは柔らかい。精霊樹の元で咲いていた姿のままだ。
「ありがとう。……ずっと、大切にするね」
そう言って微笑むと、彼の瞳がふわりと弧を描いた。
嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ彼の顔を、わたしはきっと、ずっと――忘れられないだろう。




