第23話 神官、伝説の花を手にする
(“エリシアの花”は、きっとこの森のどこかにあるはず……)
ファビオさんのお母さんを助けるためだ。必ず探し出してみせる――
そのとき、きゅるるるる、とわたしのお腹が小さく鳴った。
(は、恥ずかしい……)
「アグネス様、限定ドーナツをどうぞ」
イグナシオから差し出されたのは、『カナリア』で限定販売されていた高級ドーナツだった。砂漠の国で大流行しているという甘いチョコレートが惜しげもなく使われた贅沢な逸品だ。
「わぁ、ありがとう! ファビオさんもどうぞ」
「どうもっす」
ドーナツに齧りついたファビオさん。
イグナシオが、収納からティーセットを取りだす。
「神官さんの収納、ホントすごいっすね!」
「普通ですよ」
どこが普通なのかよくわからないが――
イグナシオは手際良く紅茶を淹れてくれた。いつの間にか領主の館で教わったらしく、えらく高い位置からティーカップに注ぐのだ。中々サマになっている。
「あのー……神官さんって、アグネスさんの従僕なんですよね?」
「はい、そうですよ」
「いや、違いますよ?」
「そうなんすか? でも、アグネスさんはエルフのお姫様だって聞いたっすよ」と首を傾げるファビオさんに、十年前に彼に救われてから一緒にいることを説明した。
「火事?! アグネスさん、大変だったんすね……」
「そう、ですかね……子どもだったので、あんまり覚えてなくて」
(そういえば、何で教会は火事になったんだろう……)
「アグネス様?」
「あ、いや……何で、あの日火事になったのかな、って……」
わたしがそう言うと、イグナシオは少しだけ視線を落とした。
「古い燭台が倒れて、炎が広がったんですよ。アグネス様にお怪我がなくて、本当に良かったです」
「そうだったんだ……助けてくれて、本当にありがとう」
(あれ? なんで知ってるんだろう……)
「アグネス様?」
「あ……ううん、なんでもないよ」
わたしたちが話していると、ファビオさんが突然地面に両手を付いた。
「俺、神官さんのことスゲェ誤解してて……色々本当にすみませんでした!!」
すごい勢いで土下座したファビオさんに、わたしは慌てて立ち上がる。
「ファビオさん、やめてください!」
「俺、俺……神官さんのこと――」
「アグネス様、おかわりはいかがですか」
「あ……ありがとう」
何も聞こえていないかのように静かに微笑むイグナシオに、ファビオさんは袖で目元を擦った。
「俺を……俺を、神官さんの舎弟にしてくださいっ!!」
「お断りします」
「えっ? ……ああ、そうっすよね。俺、神官じゃないし……」
「神官に転職しようかな……」と呟き始めたファビオさんを、わたしは全力で止めた。
「……これ、本当に美味いっすね」
「おかわりはありませんよ。残りは全部アグネス様の分ですからね」
「紅茶ならどうぞ」とイグナシオが注いだカップに、ファビオさんは「どうもっす」と口を付けている。
イグナシオの収納に、限定ドーナツはいくつ入っているのだろうか。
そうして、わたしたちは苔むす木の根元に腰掛け、紅茶を楽しみながらのんびりと寛いでいた。
(あれ……なんだろう?)
ふいに、木々の間を何かが飛んでくるのが見えた。
「蛍……?」
「妖精ですね」
「妖精?!」
それは、わたしの前まで来るとピタリと止まった。
妖精を前にしても普段通りのイグナシオに、目を見開くファビオさん。
突然の愛らしい来訪者に、わたしの目は釘付けだった。
「可愛い……」
その妖精は茶色の髪に、木の葉で作られた可愛らしい服を纏っていた。透き通る羽は、まるでトンボのようだ。
(もしかして……)
「これ……食べる?」
わたしは、ナッツやドライフルーツが散りばめられたチョコレートのドーナツを差し出した。まだ口にしていない新しいものだ。
その妖精は目を丸くすると、抱きつくようにドーナツをガシリと両手で抱えた。
ドーナツを手に大きくふらついた妖精は、輪の中に体を通し、満足そうに微笑んだ。何だか浮き輪みたいで面白い。
「あの、妖精さん……わたしたち、エリシアの花を探してるの」
わたしがそう言うと、妖精はドーナツを抱えたままふわりと飛び立った。
「あっちだって」
「アグネスさん、妖精の言葉がわかるんすか?!」
「なんとなく……早く来るように言ってます」
わたしは急いでドーナツを口に押し込んだ。
「アグネス様、足元に気を付けてくださいね」
わたしたちは、妖精に導かれながら、精霊の森の奥へと進んだ。
奥に進むにつれて、森の静けさも神秘的な空気も増していくようだった。
そうして、しばらく歩き続けると、見たこともないほど大きな大樹の前へと辿り着いた。その幹も葉も、柔らかな金色の光を纏っている。
「大きな木……優しい木だね……」
その木にそっと触れると、不思議と幹が温かく感じられた。
「それは、精霊樹ですよ」
「これが、伝説の大樹っすか……」
わたしたちは、精霊樹を見上げた。微かにさざめく木の葉から、不思議な囁きが聞こえてきそうだ。
「アグネスさん、杖光ってません?」
「あれ? ホントだ……」
言われてみると、持っていた杖が淡く光っている。
微笑むイグナシオに、呆けたような顔で立ち尽くすファビオさん。
わたしは、両手で寄り添うように幹に触れると、そっと頬を寄せた。
「ありがとう……」
自分でも、何故そうしたのかわからなかった。けれど、この大樹にお礼が言いたかったのだ。
そのとき、視線の先で妖精が踊るようにゆっくりと舞い上がった。
「――そこにあるの?」
淡く輝く精霊樹の根元。
木漏れ日に煌めく小さな湧き水の傍に、青白く光る美しい花が数輪咲いていた。
「綺麗……! 魔法の花みたいだね」
「これが……これがあれば、母ちゃんは――うわっ! なんだ?!」
花に手を伸ばしたファビオさんを遮るように、妖精が花の前に立ち塞がった。
「わたしが採った方が良いみたいです。このお花の蜜が、病に効くんだって……お花、いただきます」
エリシアの花をそっと摘むと、花びらがふるりと揺れた。
よく見ると、白い花は淡く発光している。それが青白く見えるのだ。
見惚れていると、「私たちの分もいただきますね」とイグナシオがもう一輪摘み取って収納へと仕舞った。今回の依頼報酬だ。報酬で悩んでいたファビオさんに、わたしが提案したのだ。
「アグネス様、これをどうぞ」
差し出された小瓶に花びらを傾けると、淡い金色の蜜がトロリと小瓶の中に入った。きらきらと輝いている。
「ファビオさん、どうぞ」
「ありがとうございます……!!」
瞳を滲ませたファビオさんは、金色に輝く小瓶を両手で握って額に当てると、祈るように瞼を閉じた。
(どうか、ファビオさんのお母さんが、良くなりますように……)
エリシアの花も彼に渡したが、青白い光は瞬く間に消えてしまった。まるで、魔法が解けてしまったように――
「光、消えちゃったっすね」
「蜜を採ったからかなぁ」
少し残念そうなファビオさんは、「押し花にするっす」と大切そうに花を懐に仕舞った。
イグナシオは何も言わず、静かに微笑んでいるだけだった。
「妖精さん、ありがとう」
皆で頭を下げると、ドーナツを浮き輪のように抱えた妖精はくるりと円を描くように森の奥へと消えていった。
そしてわたしたちは、精霊樹にもお礼を言ってから、この森を後にしたのだった。




