第22話 神官、伝説の花を求めて
「エリシアの花? それで、母ちゃんは助かるんすか?」
ファビオは医師にそう問いかけた。部屋の奥で力なく横たわるのは彼の母親だ。
久しぶりに故郷に帰った彼を待ち受けていたのは、台所で倒れ伏した母の姿だった。
すぐに町医者を呼んだが、何の病かわからないというのだ――
「エリシアの花は、すべての病を治すといわれているが――伝説の花で、存在するのかどうかも……」
「どこにあるんすか?!」
「精霊の森にあるという。……だが、あそこはエルフたちの聖域だ。人族が入るなど許されないだろう」
「エリシアの花っすね。俺、絶対に手に入れてきます」
(母ちゃん、待ってろよ……!)
そうして、家を飛び出した彼は眠らずにリベラへと走り続け、ギルドの戸を必死に叩いたのだった。
◇
冒険者から同行依頼を受けたわたしたちは精霊の森を進んでいた。探しているのは、伝説の“エリシアの花”だ。
(綺麗……不思議と、なんだか落ち着く……)
ぼんやりと光る木々に、星を散りばめたような小川。
見たこともない小さな花々に、煌めく羽の不思議な虫たち。
ここは、まさに妖精や精霊たちが棲んでいそうな森だった――
「アグネスさん、神官さん。依頼を受けてくださって、本当にありがとうございます」
「いえいえ! ファビオさん、エリシアの花を必ず見つけましょうね!」
そう言ってガッツポーズをすると、ファビオさんはまたペコリと深く頭を下げた。
ファビオさんは、普段はソロで剣士をしているらしい。ツンツンした金茶色の髪が特徴的な、気さくなお兄さんだ。
何でも、病で倒れたお母さんのためにエリシアの花が必要なのだとか――絶対に見つけてあげたい。
「お二人が一緒なら、絶対に見つかる気がするっす」
嬉しそうに微笑むファビオさん。ギルドで彼と顔を合わせた時、イグナシオの『エリシアの花は存在しますよ』のひと言に、彼は泣いて喜んだのだ。
「いやー。同行してもらえて本当に助かったっすよ! 人族の俺だけじゃ、精霊の森なんか畏れ多くて……エルフに矢でも射られたら大変っすからね」
「えっ?! エルフって、そんなことするの?」
思わず、弓を向けてくる偉そうなエルフたちの姿が浮かんだ。
「アグネス様、大丈夫ですよ。結界を張っていますから」
「神官さん、さすがっす!! エルフのお二人がいれば安心っすよね!」
「いや、わたしたちはエルフではないんですけど……」
「えっ? 今なんて――」
ファビオさんがわたしたちを振り返った時だった。
――ヒュンッ!!
「ひゃっ?!」
ファビオさんの頭の後ろを矢が掠った。金茶色の髪がハラリとマントに落ちる。
「なっ、なな……」
硬直して目だけをキョロキョロとさせているファビオさんに、イグナシオは遠くを見つめた。
「どうやら、エルフのようですね」
「えっ?! イグナシオ、結界は?」
「アグネス様にしか張っていませんでした」
「なんで、お仲間のお二人がいるのに……」
「わたしたち、ハーフエルフなんです。一部のエルフからは、“半端者”とか言われてて……」
「……えっ?」
真っ青になったファビオさんは、小刻みに震えだした。
「イグナシオ、早く全体に張って!」
「わかりました」
イグナシオが手を払うと、ふわりと淡い光が広がった。
「アグネス様を狙ったら、すぐに殲滅しますね」
エルフがわたしに矢を放たないことを祈るしかない。
「この森に何の用だ」
棘のある、凛とした女性の声が響いた。
少し離れた木々の間から弓を向けているのは、エルフらしき女の人だった。その後ろにも、数人並んでいる。皆、古い物語から抜け出してきたかのような出で立ちをしている。
「病を治すために、エリシアの花を探しているんです」
ファビオさんの代わりにそう答えると、エルフらしき女の人が目を細めた。
「お前……半端物か」
「エルフ風情が、アグネス様に無礼な……」
メイスを握り締めるイグナシオの腕をそっと押さえる。
「白い服のお前は、神官だな」
エルフたちは、イグナシオをじっと見つめている。
「言っておきますが、私は女神を――むぐっ」
「女神エイヴェリー様の祝福を!!」
イグナシオの口を塞ぎながらそう叫ぶと、彼らはゆっくりと弓を下ろした。
「……女神エイヴェリー様の僕ならば、我らも手出しは出来ぬ」
「この森は、女神エイヴェリー様の聖域。用が済んだら、すぐにこの森を去れ。……まあ、見つけられたらの話だがな」
そう冷ややかに言い残すと、エルフたちは姿を消した。
「良かった〜!」
わたしは安堵のため息を漏らした。
「俺、もう駄目かと思いましたよ……」
「やれやれ……前にも一人会いましたが、エルフは本当に野蛮な種族ですね」
(イグナシオには言われたくないと思うけど……)
それにしても、この森に咲くという“エリシアの花”はどんな花なのだろうか。
ファビオさんもわからないというし、イグナシオもまだ見たことがないと言う。
エルフたちにイヤな捨て台詞を残されたし、もしかして本当に幻の花なのでは――
「アグネス様、どうかされましたか」
「あのね……ううん。なんでもない」
イグナシオが『存在する』と言ったのだ。エリシアの花はこの森のどこかにあるはすだ。
それでも、わたしの胸は何故かざわめいていた――




