第20話 神官、スイーツ店に並ぶ
「賑わっていますね」
わたしたちは老舗のケーキ店『カナリア』の行列に並んでいた。若い頃に王宮勤めをしていたというオーナーパティシエが作る、華やかで上品なケーキやタルトが評判のお店だ。
ちなみに、前に食べたクッキーが絶品だったから、他のケーキもめちゃくちゃ美味しいだろうと予想している。
「うわぁ! 美味しそう〜!」
わたしは、テラス席で女性客たちが食べているケーキに目を奪われた。
桃がたっぷりと飾られたクリームケーキ、瑞々しいサクランボが敷き詰められたツヤツヤのタルト。どれも可愛くて美味しそうだ。
「しかし混んでいますね……アグネス様、向こうのベンチで待っていてください」
「大丈夫だよ! もうすぐだし、一緒に並ぶ」
イグナシオと並んでいるせいか、ただでさえ女性たちの視線が痛いのだ。これ以上目立ちたくはない。
(くんくん……)
どこからか、香ばしい匂いが漂ってきた。
「これ、串焼きの匂いかなぁ」
「帰りに寄りますか?」
「うん!」
公園で食べるか、持ち帰って食べるか、悩みどころだ。
「ねぇ、イグナシオ、串焼きだけどさ……」
(あれ? あの人――)
そのとき、目の前を歩いて来る黒髪の男の人の耳が尖っているのが目に入った。わたしたちほど尖ってはいないが、耳が短いのがよく似ている。
「ね、イグナシオ。あの人もハーフエルフみたいだね」
そう囁いたとき、バサリと物が落ちる音がした。ハーフエルフらしき男の人が、買ったばかりであろうカナリアのケーキ箱を落としたのだ。
(ケーキが!!)
男の人は落としたケーキ箱には目もくれず、こちらを見て立ち尽くしていた。
「あ、あ、あなた様はもしや――はぐぐっ!!」
イグナシオは、「これ、よかったら差し上げますよ」と笑顔で男の人の口に限定ドーナツをねじ込んだ。
「イグナシオ?! 何してるの?!」
わたしが「すみません!」と謝罪するも、ハーフエルフらしき男性はドーナツを咥えたまま呆然と立ったままだ。
「アグネス様、呼ばれましたよ。行きましょう」
「う、うん……」
店内のテーブル席が空き、わたしたちは案内されたのだった。
◇
「イグナシオ。さっきの人、知り合い?」
「わたしは知りませんよ」
「じゃあ、人違いか……」
「お待たせ致しました」
わたしの前に並べられたのは、桃のタルトと季節のショートケーキだ。
テラス席で見かけたときから決めていた。
「美味しそう……いただきます!」
わたしは桃のタルトをフォークで切ると、ひと口頬張った。
(美味しすぎる……!!)
コクがありながらもさっぱりとした甘さの生クリームに、瑞々しい桃がたまらなく美味しい。どうやったら、こんなにふわっふわのスポンジが出来上がるのだろうか。
もうひと口頬張って味わっていると、微笑むイグナシオと目が合った。
「イグナシオ、それだけで良いの?」
彼が頼んだのは、ひどく上品な大きさの木苺のムースだ。わたしなら、ひと口で食べられるほどに小さい。
「はい。ヤマモモだったら幾つでも食べられるのですが」
小さなスプーンでムースを口へ運ぶイグナシオ。彼は、甘いものがそれほど好きではないらしい。
「あ……」
「あら、こんにちは」
案内されて店内に入ってきたのは、ヘレナさんとクラウスさんだった。クラウスさんは私たちを見て一瞬だけ固まると、「どうも」と小さく会釈した。少し恥ずかしそうだ。
「デートですか? 素敵ですね!」
そう言って笑いかけると、ヘレナさんが小さく笑った。
「アグネスさんもそうでしょう?」
「えっ?」
「ヘレナさん、あちらの席だそうです。行きましょう」
「それじゃあ、またギルドにいらしてくださいね」とヘレナさんたちは会釈すると、店の奥へと案内されていった。
(えっ? これって、デートなの?)
目の前のイグナシオを見つめる。
目が合うと、彼はふわりと微笑んだ。
ガラス玉に春の青空を閉じ込めたような澄んだ瞳。形の良い鼻と唇はまるで彫刻のようだ。
人にしては整い過ぎた顔立ち――それは、彼がハーフエルフだからだと思っていた。
(あのエルフの人より、イグナシオの方がずっと綺麗だもんね)
ドナーテ村で会った、銀の森で一番とか言っていた偉そうなエルフを思い出す。
彼も綺麗な顔立ちではあったが、イグナシオには程遠かった。エルフでもハーフエルフでも、結局は人によるのかもしれない。
「考え事ですか?」
「あ、えとね……イグナシオ、カッコ良いなぁと思って」
そう返すと、僅かに目を見開いた彼の頬がほんのりと染まった。
「……嬉しいです」
そう小さく言って照れた顔を隠すようにグラスを口にしたイグナシオ。見つめていると、彼は視線を窓の外へと逸らした。
何故か、わたしまで恥ずかしくなってきた。
ヘレナさんが変なことを言うからだ。
そもそも、わたしたちは――
(わたしたちって、何なんだろう……)
「アグネス様?」
「ねぇ、イグナシオ……わたしたちって、何なんだろうね」
神官と、神官見習い。
竜殺しと、風使い。
保護者と――
でも、わたしはもう子どもじゃない。
「私はイグナシオ。アグネス様はアグネス様ですよね」
黙り込んだわたしに、彼は少しだけ不思議そうな顔をした。
「そう……そうだよね」
まるで自分に言い聞かせるように、わたしはそう返した。
何故かケーキが詰まったように重くなった胸は、紅茶を飲み干しても楽にはならなかった。




