第19話 神官、女難に見舞われる
俺の名はファビオ、人族の剣士だ。
リベラの街で冒険者をやってる。
七年目でC級――まぁ、ここいらでは中々の腕だと自負してる。
顔も悪くないし、少し前までは結構モテてたんだぜ。
ん? なんで過去系かって?
いけ好かない男が現れたからさ――
「イグナシオ、足湯に入って帰りたいな」
「良いですね。アグネス様、行きましょう」
あそこに立ってる、あの全身真っ白のキザなエルフ。
神官のくせに、『竜殺し』なんてイカした通り名がついてるムカつく奴だ。
おまけにかなりの美形で、神官見習いの可愛い子ちゃんをいつも連れている。
そもそも、エルフはみんな美形なんだろ? だったら、奴はエルフの中じゃ大したことないはずだ。
「神官様! 温泉すごく気持ち良いです! ありがとうございます♡」
「私も足湯にハマりました〜!」
「そうですか」
受付嬢に囲まれてヘラヘラ――いや、澄ました顔しやがって……。
神官とか言ってお高くとまってるけど、色男は遊び人って相場は決まってる。
ギルドの受付嬢や女性冒険者たちが泣かされる前に、注意喚起すべきだよな。
そう、これはあくまで、リベラの風紀を守るためだ!
◇
数日が経った――
「イグナシオ……なんか避けられてない?」
「何がですか?」
農村を荒らしていた小型ドラゴンの討伐の帰り。リベラの大通りで辺りを見回すアグネスに、イグナシオは小首を傾げた。
「いや、なんかこう……ちょっと距離があるというか」
「私はいつでもアグネス様のすぐ傍にいますよ?」
「いや、違うんだけどね……ま、いっか」
街を歩けば女性たちの視線を掻っ攫い、ギルドでは受付嬢に囲まれるのが常だったイグナシオ。
けれど、何故か今日は女性たちは皆どこか遠巻きだ。
「ふああ……」
大きなあくびを手で隠したアグネスに、イグナシオが視線を向ける。
「アグネス様、疲れたのでしょう。依頼の報告は私がしておきますから、休んでください」
「でも……」
「リベラの湯で、ゆっくりくつろがれてはいかがですか」
「えっ? リベラの湯?」
アグネスは目を瞬かせた。
二人は、ギルド近くにあるリベラの湯の前で立ち止まった。
リベラの湯は、最近オープンしたばかりの温泉施設だ。幾つもの大浴場や貸し切り風呂。リラクゼーションサロンに休憩室に食事処など、施設も充実している。
「アグネス様、これをお使いください」
イグナシオが差し出した金色のカードに、アグネスは目を見開いた。
「これ何?!」
「領主からもらった、リベラの湯の特別会員ゴールドカードです。無料で何度でも入浴できて、休憩所の個室も使えるそうですよ」
「わーい! ありがとう!」
「私もすぐに行きますから」と手を振ったイグナシオ。勿論、アグネスに何重にも結界を張ることは忘れない。
「行ってくるね!」
アグネスは会員カードを握り、上機嫌でリベラの湯へと消えた。
ちなみに、ゴールドカードはもらったというよりは脅し取ったと言ったほうが正しい。
「さて、報告に行きますか」
イグナシオは満足そうに微笑むと、一人ギルドへと向かった。
そして、依頼の報告後――
ギルドから出てきた困り顔のイグナシオには、女性冒険者が何人もへばり付いていた。
「神官様ぁ♡ 遊んでください♡」
「私が先よ! アンタは引っ込んでて!!」
「あの……アグネス様が待っているので、退いていただきたいのですが」
「そんな釣れないこと言わずに。私は何番目でも待ってますから〜」
「ちょっと! 神官様に触るなんて、許しませんわよ!」
(嘘だろ……それに、なんであんな嫌そうな顔してるんだよ……)
その光景を前に立ち尽くすファビオ。
道行く男性たちは、羨ましがるどころかぎょっとした顔を向けている。
そこへやって来たベリンダが、イグナシオに気付いて足を止めた。
「神官さん?! こんなところで何してるのよ?」
「あ、バディさん! 助けてください」
イグナシオに泣き付かれて、ベリンダが女性冒険者たちに割って入った。
(あれは……俺のセクシーダイナマイツ! 女神ベリンダ!!)
ファビオは建物の影に隠れて、「おのれ竜殺し……」と拳を震わせた。
「あなたたち、一体何してるの?! 神官さん困ってるでしょ?」
「な……アナタ抜け駆けは――」
「バカなこと言わないで。神官さんはね、アグネスさん一筋なんだから!」
「ほら、帰った帰った!」とベリンダが手をひらひらと振ると、女性たちは不満げながらも散って行った。
「――で、一体何だったの?」
「さっぱりわかりませんよ。突然、皆さんから『遊んでほしい』と言われて……」
「神官ですから、女性相手に荒事は出来ませんしね。助かりましたよ」とため息を吐いたイグナシオ。背負った鈍色のメイスがギラリと光り、ファビオは小さく息を呑んだ。
「よくわからないけど……アグネスさんがいる、ってはっきり言ったほうが良いわよ」
「それじゃあね」と手を振ったベリンダの後ろ姿に、イグナシオはペコリと頭を下げた。
そのとき、一つの影が彼の後ろから近付いた。
「イグナシオ、何してるの?」
「アグネス様!!」
アグネスの声に、イグナシオは満面の笑顔で振り返った。
「すごく良いお湯だったよ〜! ギルド、混んでたの?」と首を傾げたアグネスに、イグナシオは深々と腰を折る。
「アグネス様。お待たせしてしまい、お許しください」
(……下僕?)
呆然と二人を見つめるファビオ。
「次は一緒に行こうよ! フルーツミルク、すごく美味しかったよ」
物陰から覗く彼に、二人は気付いていない。
「でも、お腹空いたね。今日の夜ご飯、何かなあ」
「今日はホーンボアのカレーですよ!」
「わぁ! カレー楽しみ♪」
「女将さんと一緒にたくさん作りますから、好きなだけおかわりしてくださいね!」
「うん!」と花のような笑顔で頷いたアグネスに、イグナシオが幸せそうに目を細める。
二人は、寄り添いながら大通りを去って行った。
「カレーか……」
(母ちゃんの、久しぶりに食いたいなぁ……)
ファビオは空を見上げた。
浮かぶのは、しばらく会っていない母の面影だ。
「……久しぶりに、田舎に帰るか」
袖でゴシゴシと目元を拭ったファビオは、その足でリベラを発ったのだった。
その日の晩――
「アグネス様。どうぞ、イグナシオ・スペシャルです」
「スペシャル?」
「目玉焼きとガーガー鳥の唐揚げをトッピングしました」
「ありがとう! 豪華〜!」と目を輝かせるアグネスに、得意げに微笑むイグナシオ。
「カレー三人前、こっちのテーブルにも頼むぜ!」
「あいよ! カレー三丁!!」
「あっちの唐揚げも美味そうだな……」
「アンタたちにも付けてあげるよ」
「あ、ありがてぇ……!」
「こっちにもカレーを頼む! その、なんとかスペシャルを!」
女将さんの「あいよ! 唐揚げ付きだね?」という明るい声が響いた。
「“イグナシオ・スペシャル”はアグネス様専用ですよ」
「さぁ、アグネス様。おかわりをどうぞ」とイグナシオはカレーのプレートを差し出した。
金の小鳩亭の食堂には、カレーの美味しそうな匂いと笑い声が満ちていた。
そして翌日から、“なんとかスペシャル”という裏メニューが広まり始めた。




