表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/19

第19話 神官、女難に見舞われる

 俺の名はファビオ、人族の剣士だ。

 リベラの街で冒険者をやってる。

 七年目でC級――まぁ、ここいらでは中々の腕だと自負してる。

 顔も悪くないし、少し前までは結構モテてたんだぜ。


 ん? なんで過去系かって?

 いけ好かない男が現れたからさ――


「イグナシオ、足湯に入って帰りたいな」

「良いですね。アグネス様、行きましょう」


 あそこに立ってる、あの全身真っ白のキザなエルフ。

 神官のくせに、『竜殺し』なんてイカした通り名がついてるムカつく奴だ。


 おまけにかなりの美形で、神官見習いの可愛い子ちゃんをいつも連れている。

 そもそも、エルフはみんな美形なんだろ? だったら、奴はエルフの中じゃ大したことないはずだ。


「神官様! 温泉すごく気持ち良いです! ありがとうございます♡」

「私も足湯にハマりました〜!」

「そうですか」


 受付嬢に囲まれてヘラヘラ――いや、澄ました顔しやがって……。

 神官とか言ってお高くとまってるけど、色男は遊び人って相場は決まってる。

 ギルドの受付嬢や女性冒険者たちが泣かされる前に、注意喚起すべきだよな。


 そう、これはあくまで、リベラの風紀を守るためだ!


 ◇


 数日が経った――


「イグナシオ……なんか避けられてない?」

「何がですか?」


 農村を荒らしていた小型ドラゴンの討伐の帰り。リベラの大通りで辺りを見回すアグネスに、イグナシオは小首を傾げた。


「いや、なんかこう……ちょっと距離があるというか」

「私はいつでもアグネス様のすぐ傍にいますよ?」

「いや、違うんだけどね……ま、いっか」


 街を歩けば女性たちの視線を掻っ攫い、ギルドでは受付嬢に囲まれるのが常だったイグナシオ。

 けれど、何故か今日は女性たちは皆どこか遠巻きだ。


「ふああ……」


 大きなあくびを手で隠したアグネスに、イグナシオが視線を向ける。


「アグネス様、疲れたのでしょう。依頼の報告は私がしておきますから、休んでください」

「でも……」

「リベラの湯で、ゆっくりくつろがれてはいかがですか」

「えっ? リベラの湯?」


 アグネスは目を瞬かせた。

 二人は、ギルド近くにあるリベラの湯の前で立ち止まった。

 リベラの湯は、最近オープンしたばかりの温泉施設だ。幾つもの大浴場や貸し切り風呂。リラクゼーションサロンに休憩室に食事処など、施設も充実している。


「アグネス様、これをお使いください」


 イグナシオが差し出した金色のカードに、アグネスは目を見開いた。


「これ何?!」

「領主からもらった、リベラの湯の特別会員ゴールドカードです。無料で何度でも入浴できて、休憩所の個室も使えるそうですよ」

「わーい! ありがとう!」


 「私もすぐに行きますから」と手を振ったイグナシオ。勿論、アグネスに何重にも結界を張ることは忘れない。


「行ってくるね!」


 アグネスは会員カードを握り、上機嫌でリベラの湯へと消えた。

 ちなみに、ゴールドカードはもらったというよりは脅し取ったと言ったほうが正しい。


「さて、報告に行きますか」


 イグナシオは満足そうに微笑むと、一人ギルドへと向かった。


 そして、依頼の報告後――

 ギルドから出てきた困り顔のイグナシオには、女性冒険者が何人もへばり付いていた。


「神官様ぁ♡ 遊んでください♡」

「私が先よ! アンタは引っ込んでて!!」

「あの……アグネス様が待っているので、退いていただきたいのですが」

「そんな釣れないこと言わずに。私は何番目でも待ってますから〜」

「ちょっと! 神官様に触るなんて、許しませんわよ!」


(嘘だろ……それに、なんであんな嫌そうな顔してるんだよ……)


 その光景を前に立ち尽くすファビオ。

 道行く男性たちは、羨ましがるどころかぎょっとした顔を向けている。

 そこへやって来たベリンダが、イグナシオに気付いて足を止めた。


「神官さん?! こんなところで何してるのよ?」

「あ、バディさん! 助けてください」


 イグナシオに泣き付かれて、ベリンダが女性冒険者たちに割って入った。


(あれは……俺のセクシーダイナマイツ! 女神ベリンダ!!)


 ファビオは建物の影に隠れて、「おのれ竜殺し……」と拳を震わせた。


「あなたたち、一体何してるの?! 神官さん困ってるでしょ?」

「な……アナタ抜け駆けは――」

「バカなこと言わないで。神官さんはね、アグネスさん一筋なんだから!」


 「ほら、帰った帰った!」とベリンダが手をひらひらと振ると、女性たちは不満げながらも散って行った。


「――で、一体何だったの?」

「さっぱりわかりませんよ。突然、皆さんから『遊んでほしい』と言われて……」


 「神官ですから、女性相手に荒事は出来ませんしね。助かりましたよ」とため息を吐いたイグナシオ。背負った鈍色のメイスがギラリと光り、ファビオは小さく息を呑んだ。


「よくわからないけど……アグネスさんがいる、ってはっきり言ったほうが良いわよ」


 「それじゃあね」と手を振ったベリンダの後ろ姿に、イグナシオはペコリと頭を下げた。

 そのとき、一つの影が彼の後ろから近付いた。


「イグナシオ、何してるの?」

「アグネス様!!」


 アグネスの声に、イグナシオは満面の笑顔で振り返った。


 「すごく良いお湯だったよ〜! ギルド、混んでたの?」と首を傾げたアグネスに、イグナシオは深々と腰を折る。


「アグネス様。お待たせしてしまい、お許しください」


(……下僕げぼく?)


 呆然と二人を見つめるファビオ。


「次は一緒に行こうよ! フルーツミルク、すごく美味しかったよ」


 物陰から覗く彼に、二人は気付いていない。


「でも、お腹空いたね。今日の夜ご飯、何かなあ」

「今日はホーンボアのカレーですよ!」

「わぁ! カレー楽しみ♪」

「女将さんと一緒にたくさん作りますから、好きなだけおかわりしてくださいね!」


 「うん!」と花のような笑顔で頷いたアグネスに、イグナシオが幸せそうに目を細める。

 二人は、寄り添いながら大通りを去って行った。


「カレーか……」


(母ちゃんの、久しぶりに食いたいなぁ……)


 ファビオは空を見上げた。

 浮かぶのは、しばらく会っていない母の面影だ。


「……久しぶりに、田舎に帰るか」


 袖でゴシゴシと目元を拭ったファビオは、その足でリベラを発ったのだった。


 その日の晩――


「アグネス様。どうぞ、イグナシオ・スペシャルです」

「スペシャル?」

「目玉焼きとガーガー鳥の唐揚げをトッピングしました」


 「ありがとう! 豪華〜!」と目を輝かせるアグネスに、得意げに微笑むイグナシオ。


「カレー三人前、こっちのテーブルにも頼むぜ!」

「あいよ! カレー三丁!!」

「あっちの唐揚げも美味そうだな……」

「アンタたちにも付けてあげるよ」

「あ、ありがてぇ……!」

「こっちにもカレーを頼む! その、なんとかスペシャルを!」


 女将さんの「あいよ! 唐揚げ付きだね?」という明るい声が響いた。


「“イグナシオ・スペシャル”はアグネス様専用ですよ」


 「さぁ、アグネス様。おかわりをどうぞ」とイグナシオはカレーのプレートを差し出した。

 金の小鳩亭の食堂には、カレーの美味しそうな匂いと笑い声が満ちていた。


 そして翌日から、“なんとかスペシャル”という裏メニューが広まり始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ