第18話 神官、売られた喧嘩を買う
――『南東にあるドナーテ村が魔物の群れに襲われてるらしい。住民は隣村に避難させたらしいが、すぐに向かってくれ』
ダリオさんからの依頼で急ぎ向かったドナーテ村。
けれど、群れと言えるほどの魔物の姿はもうなかった。代わりに、小型のシルバーウルフの屍が至るところに転がっている。
わたしたちは、その中に立つ冒険者らしき人たちに駆け寄った。
「リベラから来ました! 大丈夫ですか?!」
「神官に――見習いですか。……救援を頼むと聞いていましたが、リベラは随分と人手が足りていないようですね」
(エルフ?! でも、やな感じ……)
口の片側を上げて笑ったのは、エルフらしき男性だった。想像していたエルフよりも幾分ゴツい感じだが、耳がかなり長いから多分間違いない。
その後ろには、仲間の冒険者らしき人族の男性二人と女性が二人こちらを窺っている――パーティメンバーのようだ。
「へぇ……半端者が、杖だけは立派なようで」
(半端者……?)
その嫌味なエルフは、わたしの耳と握る杖にチラリと視線を向けた。エルフは皆、ハーフエルフにこんな視線を向けるのだろうか……。
「アグネス様、あれを燃やして良いですか?」
イグナシオの低い声が落ちた。目が笑ってない。本気だ。
「我慢我慢。でも、エルフってあんな感じなんだね。初めて見たよ」
イグナシオに囁く。
長い金髪を頭頂部で左右に分けたそのエルフの男性は、緑色の宝石が下がった額飾りを付けている。耳はすごく長いが、耳の先はわたしたちほど尖ってはいない。
エルフはただでさえ数が少ない上に、プライドがとても高くてそうそう姿を見せないと聞く。“女神の血を引く尊い種族”として、恐らく彼はチヤホヤされているだろうから――ああして偉ぶるのも、まぁ仕方ないのかもしれない。
「不愉快ですね。エルフ風情がアグネス様にふざけたことを……」
(風情って……)
イグナシオが怒ってくれているおかげで、そこまで腹は立たなかった。
「あなたも、半端者のようですね」
前言撤回。イグナシオを見て、鼻で笑ったエルフに怒りが湧いた。
「エラルド様! あっちの方にまだ残ってます!」
「ああ……私に任せてください」
「銀の森で一番の精霊使いの力を見せて差し上げますよ」と笑うと、その嫌味なエルフは長い髪を片手で払ってわたしたちに背を向けた。
駆けてきたシルバーウルフの群れに向かうと、緑色の宝石が嵌め込まれた銀色の杖を掲げる――
「我が名は銀の森のエラルド! 偉大なる風の精霊よ、我が呼び声に応え給え!!」
「えっ?」
金の長い髪と、白いマントがふわりと靡き始める。
「喰らえっ! シルフィード・レイジ!!」
その高らかな声に、巻き起こった淡い緑色の突風がシルバーウルフの群れを包んだ。
そして、傷だらけになったシルバーウルフたちに、仲間らしき剣士や魔法使いたちがとどめを刺していく。
(エルフの精霊使いって、皆こうなのかな……)
先程のエルフの笑みと、何やら恥ずかしい呪文が忘れられない。
わたしたちに見せつけるために言ったのだろうか。
自分以外の精霊使いは初めて見たが――正直、精霊使いを名乗るのを辞めたいレベルで恥ずかしいと思ってしまった。
「さあ、これで片付きましたよ。あなたたちの出番はありませんでしたね?」
(いちいち腹立つ人だなぁ……)
湧き上がる怒りを胸のうちに押し込もうとしていると、イグナシオが一歩進み出た。
「銀の森の精霊使いって、あなたしかいないんですか?」
(あっ……言っちゃった)
微笑むイグナシオを、エルフは啞然と見つめ返している。
「大きな声で頑張られた割に……いえ、大変お疲れ様でした」
立ち尽くす一同。
一拍遅れて、仲間らしき女性の一人が小さく笑った。
(あっ……まずいかも……)
みるみる顔を赤くしたエルフは、わたしたちを睨みながら小刻みに震えている。
「半端者の分際で、エルフであるこの私を愚弄する気ですか!?」
そのとき、奥にある民家の影から低い唸り声が聞こえた。
かなり大型のシルバーウルフだ。額に大きな二本の角がある。たった今始末された群れのボスだったのかもしれない。
「きゃあっ!! まだ魔物がっ!!」
甲高い悲鳴を上げた女性の魔法使いを、シルバーウルフの赤い瞳が捉えた。
「危ない……!!」
思わずわたしは手を翳していた。
澄んだ緑の風が、一瞬でシルバーウルフを切り裂く。
「馬鹿な……無詠唱だと?」
「アグネス様、お見事です。……回収しますね」
倒れ伏したシルバーウルフに近付いたイグナシオが、それを収納に引き摺り入れる。
「今のは何ですか? あなたは、神官見習いでは……」
「ああ、私のアグネス様は、精霊使いでもあるのです」
得意げにそう返したイグナシオに、エルフは首を振った。
「おかしい……半端者が、エルフでも出来ない無詠唱を……」
(何を言ってるの……?)
「どうでも良いです。アグネス様、お腹が空いたでしょう。帰りましょう」
「……うん」
わたしは彼らにペコリと一礼すると、イグナシオと背を向けた。
胸の中がすごくモヤモヤしている。
(詠唱? 『精霊使い』って、何なの……)
ざわつく胸。
今まで考えたことなどなかった。
イグナシオと旅を始めて、気が付けば使えるようになっていた風の力。
精霊の気配も、いつの間にか当たり前のように傍にあった。
そして、精霊魔法が使えるからと、『精霊使い』としてギルドに登録されたのだ。
「ねぇ、イグナシオ……」
「何でしょう」
「わたしってさ……おかしいのかな……」
イグナシオが立ち止まった。
「どうして、そうお思いになったんですか」
「……無詠唱は、おかしいって」
「私は、おかしいとは思いませんよ」
微笑んだイグナシオに、強張っていた胸の奥が少しだけ解れる気がした。
「イグナシオ……ありがとう」
「いえ。……今晩は、久しぶりに焚き火を囲んで夕食を食べましょうか」
「良いね!」
わたしたちは、森に向かって歩き出した。
今夜は、久しぶりに星を眺めながら眠りにつこう。
(大丈夫。私は、独りじゃないから……)
少しだけ俯くと、柔らかな風がわたしを包みこんだ。
まるで、そっと我が子を抱き締めるかのように――
◇エラルド
銀の森で一番の精霊使いらしい。




