第17話 神官、今日も少女を守る
S級冒険者にして神官のイグナシオ。
十年前からアグネスを守り続ける彼は、今日も夜明けと共に目覚めた。
彼は寝るときも含め、いつでも白い神官服を纏っている。
いつものように服と全身に浄化魔法を掛けた彼は、傍らのベッドで寝息を立てるアグネスを見つめる。
(おはようございます。アグネス様)
彼女だけに向けられるその眼差しは、誰に向けるものよりも柔らかい光を宿す。
彼は音を立てないように立ち上がると、サイドテーブルの硝子の花器に摘みたての白い花を飾り、静かに香を焚き始める。アグネスの好きな鈴蘭の花と、ハニーサックルの香りだ。
部屋中に、ほんのりと甘い花の香りが広がったころ、アグネスが身動ぎをした。
「おはよう、イグナシオ」
「おはようございます、アグネス様」
アグネスが目覚めると、彼は静かにカーテンを開ける。
差し込む朝の日差しが、優しく室内を照らした。
「ふああ……今日は良いお天気になりそうだね」
「もう少し寝てたいかも……」と欠伸をしているアグネスが寝台で寝返りを打つと、イグナシオは「まだ寝ていてください」と微笑んだ。
彼は最高級のブラシで寝ている彼女の長い髪を梳かし始める。時間を掛け、毛先から丁寧に梳かしていくのだ。
彼にとって、大切な日課の一つだった。
「……イグナシオってさ、マメだよね」
「アグネス様は、御髪もお美しい。どんな女神たちも敵いませんよ」
眠そうなアグネスは、うっとりと髪を梳かす彼の様子には気づいていない。
「アグネス様、朝食をご用意致しました」
部屋のテーブルに用意されたのは、冷たい湧き水と焼き立ての白パン。そして、熱々の蜜芋のポタージュだ。どれも、彼の収納から取り出された。
「わ、美味しそう!」
起き上がったアグネスは嬉しそうにテーブルにつく。
「「糧を与え給う神に感謝を」」と祈りを捧げ、二人で朝食を取る。
「甘くて美味しい」とスープを口にして微笑むアグネスを、イグナシオは微笑んで見つめている。
「このスープ、昔から美味しいよね」
「アグネス様のお好きな、おいものスープですからね」
「……ありがとう」と少し照れくさそうなアグネスに、彼は幸せそうに目を細めた。
◇
「アグネス様、お疲れ様でした」
「ウルル草たくさん採れて良かったね」
薬草の採取依頼の帰り、二人は屋台通りを歩く。
これはリベラに来てからの日課の一つだ。
「鳥王に行きますか? それともスイーツが良いでしょうか?」
「鳥王で串焼き買ってから、スイーツ買いに行こう!」
彼らは鳥王の屋台で串焼きを六本買うと、スイーツの屋台で蜜のかかった氷菓子をふたつ買った。
「溶けちゃうよ! 急ごう」
溶け始める氷菓子に、二人は早歩きで噴水広場へと急ぐ。
噴水広場の空いているベンチを見つけると、二人はそこへと腰を下ろした。
「冷たくて美味しい〜!」
「食べやすいですね」
ベンチに並んで腰掛けると、二人は氷菓子を口にする。
甘いものはそう食べないイグナシオだが、氷の冷たさでスプーンが進むようだ。
氷菓子を食べ終わると、アグネスは串焼きを頬張った。
「やっぱりこれだよね!」
満足そうに笑うアグネスは、一本をペロリと食べると二本目を頬張る。
「まだおかわりはありますからね」
「ありがとう。イグナシオも食べてね」
イグナシオはいつも一本だけ口にする。
串焼きを食べ終わると、二人はギルドへ依頼の報告へと向かった。
◇
「ふう……お風呂気持ちよかった〜」
湯上がりの頬はほんのりと桜色に染まっている。
「宿で温泉に入れるのも、イグナシオのおかげだよね」と礼を言うアグネスに、イグナシオは嬉しそうだ。
「アグネス様に喜んでいただけて何よりです」
寝間着姿でソファに腰掛けたアグネスが、「氷菓子美味しかったなぁ」と小さく呟くと、蜜のかかった氷菓子がテーブルにそっと置かれた。
「えっ?! これ、どうしたの?」
「アグネス様のために、多めに買っておきました」
「ありがとう……」
氷菓子を口にして、「美味しい……!」と嬉しそうに目を細める彼女に、彼は幸せそうに微笑んだ。
「でも、いつの間に買ってくれてたの? 気付かなかったよ」
「ふふ……喜んでいただけて何よりです」
彼の収納に氷菓子が十杯以上入っていることを、彼女は知らない。
そうして、イグナシオは彼女の背後に回ると、濡れた髪を布で包んでそっと拭き、風を出す魔導具で乾かし始めた。勿論、使うブラシはアグネス専用の最高級のものだ。
いつの間にか空になった氷菓子の器。
用意された湧き水を飲んであくびをしたアグネスは、背もたれに身を預けてウトウトしている。
「ふわあ……このまま寝ちゃいそう」
「眠っても大丈夫ですよ」
乾いた彼女の髪をブラシで丁寧に梳かしながら、イグナシオは小さく笑う。
少しすると、微かな寝息が聞こえ始めた。
「アグネス様……寝てしまったのですね」
彼女の寝顔に笑みを零すイグナシオ。
彼は彼女を抱き上げると、寝台へそっと横たえた。
「おやすみなさい、アグネス様」
彼女の肩まで薄手の毛布をかけると、「良い夢を」と囁いて亜麻色の髪をそっと撫でる。
(……さて、結界の確認をしますか)
手を翳し、宿とこの部屋に張った結界を探る。
(ふむ、異常ないようですね)
羽虫の一匹すら通さない強固な結界は、今夜も揺るぎない。
彼は隣の寝台に横たわると、彼女の寝顔を見つめる。
安心して寝息を立てる彼女の姿を見ることは、彼にとって至福の時間だ。
そうして少し経った頃、彼は瞼を閉じた。
(おやすみなさい、アグネス様。また明日……)
もう一度瞼を薄く開いて彼女の姿を確認すると、彼は眠りに就くのだった。




