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第16話 神官、穴を掘る

 リベラの冒険者ギルド。

 美人受付嬢ヘレナさんの受付は、いつになく長蛇の列だ。


(最近、更に綺麗になった気がするなぁ……)


「ヘレナさん、今日も綺麗ですね!」

「まあ、恐れ入ります。アグネスさんには敵いませんよ」

「その通り。まさにアグネス様が世界一の――」

「イグナシオ、ストップね」


 わたしたちを見て、ヘレナさんが小さく笑う。

 彼女におすすめされた中から、わたしは中級冒険者向けの採取依頼と討伐依頼を選んだ。


「ヘレナさん、お肌ツヤツヤですよね。何かされてるんですか?」

「特に……ああ、化粧水を変えたせいかしら」


 ヘレナさんは頬に手を当てて首を傾けた。可愛い。


「化粧水?」

「オルネ村の温泉水で作られた化粧水を使っていて……」

「へぇ……オルネ村」


 ヘレナさんの実家は、東にある温泉で有名なオルネ村にあるそうだ。

 わたしも温泉に入ったら、ヘレナさんのようなお淑やかな美女になれるだろうか。


「アグネス様はそのままで良いですよ」

「えっ?!」


 まさか、口に出していたのだろうか。

 ギルドを出たわたしは、思わず立ち止まった。


「……わたし、何か言ってた?」

「いえ」


 イグナシオは読心術でも使えるのだろうか――まさかね。


「それにしても温泉かぁ……入ったことないんだよね。良いなぁ、温泉」


 わたしは青い空を見上げた。


(東の方に行く依頼とかないかなぁ……)


 そのとき、キョロキョロとあたりを見回していたイグナシオは、突然しゃがみこんだ。


「イグナシオ、どうしたの?」

「少しだけ、集中させてくださいね」

「――ちょっと、イグナシオ?!」


 四つん這いにイグナシオは、何を思ったのか耳を地面へと押し当てている。周りからの視線が痛い。


「イグナシオ! もう帰るよ!」


 わたしは強引にイグナシオの腕を引いて立たせた。


「ね、クレープ食べに行こうよ! 新しく出来たお店、評判なんだって」

「わかりました。行きましょう」


 わたしはイグナシオの手を握ると歩き出した。


 ◇


 その日の昼下がり――

 クレープを満腹に食べて眠ったアグネスに結界を張ると、イグナシオは宿を出た。

 向かったのは、冒険者ギルドだ。


「あ、神官様、いらっしゃいませ♡」

「こんにちは」


 イグナシオは笑顔で受付嬢たちに挨拶すると、受付を素通りしてギルド一階の中庭へと向かった。


「ふむ。……ここですね」


 中庭に四つん這いになり耳を付けると、「間違いありません」と頷く。

 そのまま、彼は立ち上がると収納に腕を突っ込んだ。ゴソゴソと腕を動かし、引きずり出されたのは古びた大きなスコップだ。


(……スコップ?)


 そこへ偶然通りがかったクラウスが立ち止まった。


「竜殺し殿、どうされたのですか?」

「あ、クラウスさん。こんにちは」


 笑顔のイグナシオが、グサッ、と中庭にスコップを刺した。


「な、何を……」

「ここ、掘らせてもらいますね」


 狼狽えて立ち尽くすクラウスの前で、イグナシオはザクザクと中庭を掘り始めた。

 中庭を掘り始めた神官の姿に、ギルドの職員たちが集まってくる。


「な……すぐに止めなさい! ……竜殺し殿、アグネス殿はどちらにおいでですか?!」

「アグネス様は宿でお昼寝中ですよ」

「そこの君! アグネス殿を呼んできてください!」


 「金の小鳩亭です!」と叫んだクラウスに、若いギルド職員が飛び出していく。


「うーん……これだと時間がかかりますね」


 腰が隠れるほど掘り進めたイグナシオは、地面に向かって手を翳した。


「な……何をする気ですか?! 止めなさい!! 今すぐに!!――」


 クラウスが叫んだ瞬間、あたりは白い光に包まれた。


 ――ゴゴゴゴゴゴ……。


 地鳴りのような音に呆然と立ち尽くす一同。

 穴の中から、土まみれのイグナシオが這い出る。


「ふぅ」


 爽やかな笑顔で額の汗を拭うイグナシオに、クラウスがわなわなと震える。


「あなたは、一体何を――うわあぁっ!?」


 その瞬間、穴の中から大量の湯が天に向かって噴き出した。

 顔にかかる温かな飛沫に、クラウスは呆然と湯柱を見上げる。


(――まさか……温泉?!)


「やりました! 金の小鳩亭にお湯を引かせてもらいますね!」


 笑顔で振り返るイグナシオ。

 もはやツッコむ気も失せた様子のクラウスの後ろでは、集まったギルド職員たちがざわめいていた。


 ◇


 ギルドの中庭――だったはずの場所にやって来ると、そこにはダリオさんとクラウスさんが待っていた。


「イグナシオがすみません」

「いや……まぁ、かなり驚いたが……。職員たちは喜んでるし、良いんじゃないか」


 「ハハハ」と笑っているダリオさんと、疲れ切った顔のクラウスさん。

 その向こうでは、腕まくりをしたイグナシオがコマネズミのように動き回っている。ギルド職員用の浴場と足湯を作っているのだ。


「ここが終わったら、金の小鳩亭です。女将さんに許可はもらいましたから」


 「アグネス様、楽しみにしていてくださいね!」と眩しい笑顔のイグナシオに、「申請と、権利が……」とクラウスさんは何かぶつぶつと呟いている。

 クラウスさんの自宅にも、温泉を引けたりしないだろうか……。


(でも、宿で温泉に入れるなんて幸せすぎる……!)


 その後、無事に領主への申請が済み、金の小鳩亭と迎賓館に浴場が作られた。

 大通りには、大きな温泉施設が建設予定らしい。イグナシオの師匠だという大工さんたちが請け負うのだという。


 そして、イグナシオの手により、ダリオさんとクラウスさんの家にも温泉が引かれた。


「カミさんも大喜びだ! お前たちには大感謝だな」

「……ありがとうございます。おかげさまで肩こりが良くなりました」

「こちらこそです」


 わたしが深く頭を下げると、イグナシオも深く腰を折った。

 リベラの温泉の泉質は少しとろりとしていて、疲労回復や美肌に効能があるとか――


「アグネス様、お肌がツヤツヤですね」

「へへ、温泉のおかげかなぁ」

「元からですね」


 こうして、冒険者の街リベラは温泉地の一つとして名を連ねることとなった。

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