第13話 神官、弟子入りする
カンカンカンと、小気味よい音が響いている。
わたしが立ち止まると、イグナシオも足を止めた。
リベラの町外れでは、大工たちが家を建て始めたところだった。
「新しいお家が建つみたいだね」
「なるほど」
「エンリコ、精が出るな」
「結婚が決まったんだろ? エンリコもついに一国一城の主か」
「……彼女のために、俺にできる最高の家を建ててやりたいんです」
「良いねぇ」
青年を囲んで笑い合う大工たち。
はにかんで微かに微笑んだ青年大工の姿に、わたしは胸を打たれた。
「素敵……」
その何気ない一言で、まさかあんなことになるなんて、このときは想像もしていなかった。
◇
「弟子入りさせてください!!」
その日の昼下がり、イグナシオは大工の棟梁の前で深々と腰を折った。
「神官の兄ちゃん、突然どうした。俺ぁ大工だぜ」
「勿論存じています。アグネス様に最高の家を建てたいんです! 幼い頃に教会を失くした彼女のために」
「泣かせるじゃねえか。……言っておくが、俺ぁ厳しいぜ」
こうして、アグネスの知らないところで、イグナシオは大工に弟子入りした。
「おい! そこ削りすぎだ!」
「すみません!」
「神官の兄ちゃんに大工なんて無理だ。悪いことはいわねぇ。諦めな!」
「どうか教えてください!」
「そんな生っ白い腕で大工なんて笑わせるぜ!」
笑い合う若い大工たち。
先輩大工たちのからかいに、イグナシオは腕まくりをした自分の腕をじっと見つめた。
「あんまり気にするな。……それと、その服じゃ大工は無理だ。俺のを貸してやる」
エンリコから差し出された服を受け取ったイグナシオは、「ありがとうございます」と微笑んだ。
翌朝、エンリコから借りた服を着て現れたイグナシオの姿に、大工たちは目を見張った。
「おはようございます」
現れたのは、見事に日焼けし一回り逞しくなったイグナシオだった。
頭には捻った白いタオルが巻かれている。
「お前……ひと晩でどうやったらそんなになるんだ?」
「南の島で少し焼いてきました。これで皆さんと同じですね」
納得いかない様子の大工たちに頭を下げ、イグナシオは大工の技を教わり続けた。
「イグナシオ、毎日どこに出かけてるの? あと、何で日焼けしてるの?」
「秘密です」
「フフフ」と意味深に笑ったイグナシオに、アグネスは少しだけ嫌な予感を覚えていた。
そして、ひと月が経った――
「初めはどうなることかと思ったが、筋が良すぎるくらいよ! もう俺に教えることはねぇ。お前、建築のスキルでも持ってるんだろ?」
「羨ましいぜチクショウ!」と良い笑顔で言われたイグナシオは、静かに微笑んだ。
「ありがとうございます。すべて棟梁のおかげです」
頭を垂れたイグナシオの姿に、「アイツ本当に人か?」と先輩大工たちは囁き合っている。
こうして、棟梁の元から一足飛びに巣立ったイグナシオは、リベラの一等地に土地を買うと早速家を建て始めた。
「イグナシオ、何してるの?」
「わわっ! 見てはいけませんよ! アグネス様には内緒なんですから」
慌てて、組み上がる白い煉瓦を隠すように両手を広げたイグナシオに、アグネスは小さく笑った。
◇
そして、少し経った頃――
リベラの中心街に五階建ての立派な城が建った。
小ぶりだが、王城よりも美しいと評判の見事な出来栄えだった。
「この家をアグネス様に捧げます。見習い神官のアグネス様のために、聖堂も付いていますよ!」
(家? いや、お城じゃん?)
「気に入っていただけましたか?」
「いや、なんというか……こんな立派なお城建てられるなんてすごいね」
「早速今日からここで暮らしましょうか?」
「えっ?! いや、ここはちょっと……」
王侯貴族でもないわたしに、ここに住めと言うのか? そもそも、神官って清貧を心掛けるべきなのでは――
街ゆく人々の視線は、この城とわたしたちに集まっている。これ以上目立つのはごめんだ。
(でも、せっかく建ててくれたんだもんね……)
口籠っているわたしに、イグナシオの顔は落胆と焦りの色に染まった。
「アグネス様……! どんな住まいが良いのですか? 教会を建てましょうか?」
「いや、フツーのお家が良いんだよ。フツーが」
「わかりました。すぐに作り直しますね!」
「待って!!」
城に向かって大きなハンマーを振り上げたイグナシオに、わたしは慌てて飛び付いた。
「そうだ! 貸せば良いんだよ! ほら、私、大家さんしてみたかったんだよね!」
大嘘である。
でも、壊すのは勿体ないし、周りにも迷惑がかかる。
そう、ここはリベラの一等地。周りには高級店や立派なお屋敷ばかりが並んでいるのだ。
「良かった……では、アグネス様の夢をひとつ叶えることができたんですね」
「……そうだね」
こうして、わたしは城を手に入れた。
そして、街で評判の城の持ち主が冒険者だと知ったリベラの領主が、ギルドに使いを寄越したそうだ――
「えっ? あの城を迎賓館に? ……残念だが、誰にも売ることはできないそうでね」
苦笑したダリオに、領主の側近は目を細めた。
「私は領主様の命で来ております」
「持ち主はB級の冒険者だが、管理者はS級でしてね」
ダリオの発した“S級”という言葉に、領主の側近は薄い笑みを浮かべたまま息を詰まらせた。
「……では、ギルドから働きかけを――」
「お言葉ですが……“竜殺し”をご存知ですか?」
そこで声を発したのはクラウスだった。眼鏡の蔓を押し上げると、領主の側近を見つめる。
「え? ……ああ、テイマーでもないのに、伝説のキマイラをギルドに持ち込んだとかいう冒険者のことでしょう? ……それが何か」
「城の管理者です」
領主の側近は、薄い笑みを崩さないまま口を閉ざしたそうだ――
後日、イグナシオを通して、領主とわたしは契約を交わした。わたしが許可した場合のみ、城を貸すことになったのだ。
「……まぁ、有効活用してもらえるなら良かったよね」
不定期でも収入が入るのは有り難い。
冒険者稼業は不安定だからね。
「イグナシオ、ありがとう」
「いえ、アグネス様に喜んでもらえたなら何よりです」
いつの間にか色白に戻ったイグナシオは、わたしの隣で満足そうに微笑んだ。
「あっ……エンリコさんに服を返すのを忘れていました」
「えっ?! 早く返しにいきなよ! ちゃんとお礼もしないと駄目だよ」
「お礼――結婚のお祝いをしたら良いでしょうか?」
結婚のお祝い。何が良いだろうか――
「じゃあさ……迎賓館で、結婚式してもらったら?」
「もし、本人たちが良かったらだけど」と付け加えると、イグナシオは嬉しそうに頷いた。
後日、エンリコさんご夫婦は迎賓館で一組目として結婚式を挙げた。イグナシオがふたりに祝福を授け、招待されたわたしも参列した。
幸せそうな花嫁さんを見て、『いつか私も』とちょっと思ってしまったのは、イグナシオには内緒だ。




