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第11話 神官、人のモテ期をぶち壊す

 怪物くんの一件以来、ギルドを避けていたわたし。

 久しぶりに訪れたギルドは、どこか雰囲気が変わっていた。


「ああ、アグネス殿。こんにちは」


 少し柔らかな表情のクラウスさんに、「こんにちは」とわたしも頭を下げた。

 てっきり冷ややかな目で見られると思っていたのに――何か良いことでもあったのだろうか。


「先日はご迷惑をおかけしました」

「いえ……竜殺し殿にも宜しくお伝え下さい」

「ど、どうも……」


 微かに微笑んだクラウスさんは、書類を手に去って行った。

 目で追うと、彼は若い女性職員から話しかけられ、何やら細いリボンの付いた可愛らしい小箱を差し出されている。


「副ギルド長、素敵よねぇ」

「勇敢だし有能だし、他の男たちとは違うわ〜」


 クラウスさんを見つめる女性職員たちと、何やら気まずそうな男性職員たち。

 怪物くんを従魔登録しようとしてくれていた美人受付嬢のヘレナさんも、クラウスさん達の様子をチラチラと気にしている。


「ヘレナ、私が代わるから休憩行ってきて」

「あ、ありがとう……」

「言っておいで」


 笑顔でヘレナさんの肩に手を置いた女性職員。

 ヘレナさんは顔を少しだけ赤らめると、小さな風呂敷包みを手に立ち上がった。あの大きさだと、お弁当だろうか。

 その視線の先には、クラウスさんが立っている。


(ははーん。なるほどね! クラウスさんにモテ期到来ってわけだ)


 あの日、怪物くんを前に残ったのはクラウスさんだけだった。気絶した彼女やそれを見ていた女性職員からすると、ヒーローのような感じだろうか。少し気持ちが分かる気がする。


 わたしが暖かい目で見守っていると、何やら背後がひどくざわめき始めた。


「アグネス様、遅くなりました」


 魔物肉を売るために商人ギルドに行っていたイグナシオが遅れてやって来た。


「やはり、黒は落ち着きませんね……やっぱり神官は白じゃないと」

「そう? 黒も似合ってるけど」

「……それなら、たまになら着ても良いかもしれません」


 そう言って薄く微笑んだイグナシオは、黒い胸元にそっと触れた。

 黒い神官服を纏う彼に、女性たちの視線は釘付けだ。

 きっかけは、「黒い神官服、着たことないの? 似合いそうだよね」というわたしの何気ないひと言だった。


「神官様が黒を着ておいでだわ!!」

「なんてストイックで素敵なの……」


 ざわつく女性冒険者に、集まる女性職員たち。


「神官様ぁ♡」


 そこへ、他の職員を押し退けて駆けてきたのは、クラウスさんの傍らにいたはずの女性職員だった。


「神官様、私が焼いたんです。よかったら食べてください♡」


 頬を染めた彼女が差し出したのは、細いリボンの付いた小箱だった。


(えっ? それって、さっきクラウスさんにあげようとしてた……)


 イグナシオが目を細めると、差し出された小箱を射抜くかのようにじっと見つめる。【鑑定】だ。


「それは……『カナリア』のものですね。クッキーはアグネス様の好物なんです。ありがとうございます」

「えっ?! いや、私の手作りですよぅ!」

「イグナシオ、ちょっと……」


(カナリア、行ってみたかったんだよね……)


 『カナリア』は、この通りにある人気のケーキ屋さんだ。

 顔を少し赤くする彼女に気まずくなったわたしが視線を外すと、呆然と立ち尽くすクラウスさんの姿が目に入った。


(うわっ、ごめんなさい……!!)


 わたしは気の毒すぎる彼から目を逸らした。

 たぶん、クラウスさんのモテ期は終了した……かもしれない。


「……あの、副ギルド長」

「っ……! ヘレナさん、何でしょうか」

「これ、私が作ってきたんです。その……お口に合うかわかりませんが」


 「良かったら、お昼に食べてください……!」と小さな風呂敷包みをクラウスさんに押し付けるように渡すと、ヘレナさんは恥じらうように走り去った。

 残されたクラウスさんは呆然と彼女の後ろ姿を見送ると、手にある可愛らしい包みを見つめ、僅かに頬を染めた。


(とりあえず、良かった……のかな)


 簡単な採取依頼を受けると、わたしたちはギルドを後にした。

 クッキーの箱を手に、向かうのは噴水広場だ。


「うわ! 美味しい〜! イグナシオも食べてみて」


 噴水の近くにあるベンチで、わたしたちはクッキーを摘んだ。

 程よい甘さでサクサクしていて、口の中でホロリと溶けるクッキーは絶品で何箱でも食べられそうだ。さすが人気店のクッキー。侮れない。


「これは……程よい甘さで美味しいですね」


 「でしょ?」と見上げると、彼は小さく笑った。


(もう、あと少しになっちゃった……)


「アグネス様、今度は女将さんにクッキーの焼き方を教わるのはどうでしょうか? メニュー表にはありませんが……」

「良いね。クッキー大賛成!」


 「聞いてみよう!」と笑ったわたしに、彼は嬉しそうに微笑んだ。

 今日もリベラの街は平和だ。きっと。

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