三上スピンオフ 第1部 なんとなくで生きてるやつ
本編を読んでいただいている方、ありがとうございます。
初見の方は、この作品単体でも読めますが、本編と合わせると少しだけ見え方が変わると思います。
本作は、本編に登場する「三上」という男のスピンオフです。
未来が“なんとなく分かる”男が、それでも流れに身を任せて生きたらどうなるのか――そんな話になっています。
少しくだらなくて、少しバカで、でも最後はちゃんと残る。
そんな温度感で書いています。
気楽に読んでもらえれば嬉しいです。
家は、うるさくなかった。
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静かでもない。
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ただ。
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誰も、誰かにあまり興味がない。
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飯は出る。
風呂もある。
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困ることはない。
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でも。
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「どうだった?」
みたいな会話は、ない。
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テレビの音と、
皿の音だけがある。
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三上は、それを普通だと思っていた。
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だから。
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人を見るようになった。
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顔色。
仕草。
声のトーン。
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「今、何考えてるか」
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それを読むのが、癖になった。
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理由は分からない。
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ただ。
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それをやっていると、
少しだけ安心した。
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高校に入っても、それは変わらなかった。
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ラグビー部。
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ガタイのいいやつらが集まる場所。
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その中で。
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一人だけ、違うやつがいた。
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(……なんだあいつ)
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最初にそう思った。
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「お前、それ持ち方違うだろ」
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声をかける。
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相手は、少しだけ顔をしかめる。
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「……別にいいだろ」
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「いや、いいけどさ」
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「そのままだと手首やるぞ」
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少しだけ間があって。
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「……まじ?」
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「多分」
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適当に言った。
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でも。
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当たった。
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そのあと、そいつはちゃんと持ち方を変えた。
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「畠山」
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誰かが、そいつを呼ぶ。
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(……ハタ…け?)
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名前を、頭の中で転がす。
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それが、最初だった。
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バイトも、一緒になった。
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駅前のコンビニ。
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レジ、品出し、清掃。
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やることは決まっている。
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その中で。
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三上は、ひとつだけ得意なことがあった。
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「その人、今日3回目」
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「は?」
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「さっきガム買ってた」
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ハタが、少し驚いた顔をする。
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「……よく見てんな」
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「見てるからな」
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笑う。
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女の客は、全部覚えていた。
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顔。
服装。
来店時間。
歩き方。
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一度見たら、ほぼ忘れない。
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その代わり。
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男の名前は覚えない。
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仕事の細かい手順も、抜ける。
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「さっき教えたろ」
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「あー、忘れた」
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「なんでだよ」
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「そこ使ってるから」
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頭を指さす。
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「全部、女で埋まってる」
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バカみたいな理由だった。
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でも。
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それで説明がつく気もしていた。
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「お前さ」
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ハタが言う。
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「それ、普通じゃねえぞ」
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「普通じゃなくていいだろ」
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「困るだろ」
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「困ってねえし」
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肩をすくめる。
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(困るのは、別のとこだしな)
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心の中でだけ、呟く。
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ある日。
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三上は、レジの横で立ち止まった。
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入口を見る。
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まだ誰も入っていない。
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でも。
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(……来るな)
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なんとなく、そう思った。
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「今、動いた方がいい」
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ハタに言う。
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「は?」
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「いいから」
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ハタが渋々動く。
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その瞬間。
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ドアが開く。
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男が入ってくる。
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後ろに、女。
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距離が近い。
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嫌な空気。
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(……やっぱり)
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予想通りだった。
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トラブルになる。
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そう分かる。
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ハタが間に入る。
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三上は、そのまま見ていた。
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全部、予定通りに進む。
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男が引く。
女が助かる。
店長が来る。
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終わる。
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(……当たりすぎだろ)
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少しだけ、違和感が残る。
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戻る。
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ハタが聞いてくる。
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「なんで分かった」
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「なんとなく」
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いつも通りに答える。
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でも。
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内心は、少し違った。
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(……なんとなくじゃねえな)
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その日から。
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三上は、少しだけ意識するようになった。
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自分の“なんとなく”を。
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どこまで分かっているのか。
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どこからが、ズレているのか。
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放課後。
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グラウンドで、ハタが走っている。
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フォームが少し崩れている。
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(……あれ、怪我するな)
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思う。
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「おい」
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声をかける。
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「ん?」
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「そこ、やめとけ」
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「なんでだよ」
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「なんとなく」
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ハタが顔をしかめる。
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でも、少しだけ動きを変える。
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その日。
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ハタは怪我をしなかった。
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(……やっぱり)
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確信が、少しだけ強くなる。
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でも。
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それ以上は、考えなかった。
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理由を探すと、壊れそうな気がした。
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だから。
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いつも通りにする。
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軽く。
適当に。
バカっぽく。
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それで、いいと思っていた。
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その頃はまだ。
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“外す未来”なんてものを、
知らなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
三上というキャラクターは、本編の中でも「軽い」「適当」な立ち位置ですが、実は一番“人間らしい選択”をしている人物でもあります。
見えているのに変えない。
分かっているのに流れる。
それが良いのか悪いのかは分かりませんが、少なくとも彼なりに納得して終わった人生だったのかなと思っています。
本編ではまた違う視点からこの出来事が描かれていますので、よければそちらも読んでいただけると嬉しいです。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




