第5部 最終章 「それでも、自分の人生」
この作品は、現代を舞台にしたフィクションです。
人の流れや空気、
「なんとなくそうなってしまうこと」をテーマにしています。
特別な能力があるようで、
どこか現実にもあるような話です。
ゆっくり読んでもらえたら嬉しいです。
思い出したのは、突然だった。
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現場で、人の流れを見ていたとき。
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誰が無理をしていて、
誰が限界で、
どこが崩れるか。
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全部が、線で繋がる。
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その中に、ひとつだけ。
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繋がらないものがあった。
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嵯峨久美。
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空白。
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見えない。
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その違和感が、引き金になった。
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――中学。
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校門の前。
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「ごめんね」
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あの声。
あの距離。
あの視線。
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(……ああ)
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思い出す。
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最初から。
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始まっていた。
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三上の顔が浮かぶ。
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「今、動いた方がいい」
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あの軽い声。
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そして。
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死んだ。
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理由は、曖昧だった。
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でも。
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偶然で片付けるには、出来すぎていた。
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(……止めないと)
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初めて、そう思った。
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施設の廊下。
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静かだった。
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「嵯峨」
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呼ぶ。
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振り返る。
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変わらない顔。
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「なに?」
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「……覚えてるか」
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「中学のとき」
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少し考える。
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「ごめん、分かんないかも」
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笑う。
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軽い。
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でも。
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それが本物だと分かる。
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「俺は思い出した」
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一歩、近づく。
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「告白した」
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「……あ、ほんと?」
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その反応で、十分だった。
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「覚えてすらいないのか」
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「うーん」
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「そういうの、多かったし」
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悪気はない。
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本当に、ない。
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だから。
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どうしようもない。
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「……施設でのあれは、なんだ」
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言葉が強くなる。
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「優しさとか、気遣いとか」
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「全部、なんなんだ」
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嵯峨は、少し考える。
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でも、すぐに答える。
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「ちゃんとやってるよ?」
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「じゃあなんで」
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止まらない。
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「なんで、ああなる」
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「なんで、みんなお前の方に行く」
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「なんで俺は――」
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言葉が途切れる。
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嵯峨は、首をかしげて。
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「だって」
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笑う。
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「みんなが勝手にそうなるから」
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その言葉。
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それが、全部だった。
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「……分かってないのか」
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「何が?」
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「お前が、何してるか」
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その瞬間。
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俺は、意識的に開いた。
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今まで見ていたもの。
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流れ。
感情。
選択の歪み。
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全部を。
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渡す。
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言葉じゃない。
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触れたわけでもない。
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ただ。
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理解の形を、そのまま流し込む。
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「……え?」
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嵯峨の目が揺れる。
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その瞬間。
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見えるようになる。
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他人の感情。
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今まで、自分が流してきたもの。
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後悔。
苦しみ。
痛み。
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全部。
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「……なに、これ」
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止まらない。
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「……あ、あ……」
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崩れる。
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「……これが」
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声がかすれる。
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「……私?」
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その瞬間。
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嵯峨久美は、理解する。
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そして同時に。
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俺の中から、消えた。
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見えていたもの。
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流れ。
感情。
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全部。
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(……ああ)
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分かる。
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もう、見えない。
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ただの、人間に戻る。
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でも。
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それでいいと思った。
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嵯峨は、立っていられない。
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身体が崩れていく。
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時間が、一気に進む。
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髪が。
肌が。
声が。
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老いる。
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支える。
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軽い。
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「……なんで」
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かすれた声で、嵯峨が言う。
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答えは、すぐには出なかった。
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そのあと。
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毛呂は施設長を退いた。
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理由は整えられた。
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でも。
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誰も深く聞かなかった。
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施設は、残った人間で回る。
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岡田の部下だった人間たちが、
少しずつ立て直していった。
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俺は、見ていた。
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もう、見えない。
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流れも。
感情も。
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それでも。
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分かることがあった。
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誰が無理をしているか。
誰が支えているか。
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前みたいには見えない。
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でも。
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考えれば分かる。
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選べば、動ける。
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「やるしかないか」
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口に出る。
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俺は、その中に入った。
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逃げるんじゃなくて。
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引き受ける側に。
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気づけば。
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施設長になっていた。
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望んだわけじゃない。
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でも。
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誰もやらないなら、やるしかなかった。
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完璧じゃない。
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失敗もする。
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それでも。
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自分で決めて。
自分で責任を取る。
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それだけで、違った。
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しばらくして。
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岩手に戻った。
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理由は説明できない。
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でも。
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ここでやるべきだと思った。
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施設を作った。
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小さい。
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新しくもない。
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でも。
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自分で決めた場所だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、
「流れのままに生きること」と
「自分で選ぶこと」の間にある違和感から生まれました。
能力の話ではありますが、
本質は「どう生きるか」という話です。
完璧じゃなくても、
自分で選んだと思えること。
それだけで少し違う、
そんな感覚が伝わっていれば嬉しいです。




