第2部 岩手・社会人編 「流れのままに生きている」
この作品は、現代を舞台にしたフィクションです。
人の流れや空気、
「なんとなくそうなってしまうこと」をテーマにしています。
特別な能力があるようで、
どこか現実にもあるような話です。
ゆっくり読んでもらえたら嬉しいです。
高校を卒業して、地元の会社に入った。
石油プラントのメンテナンス業者。
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配管、点検、整備。
汚れるし、きついし、危ない。
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でも、嫌いじゃなかった。
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壊れているものを見つけて、直す。
危ない場所を見て、避ける。
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分かりやすい。
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人間より、よほど扱いやすかった。
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最初の一年は、がむしゃらだった。
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朝は早くて、帰りは遅い。
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でも、体は慣れる。
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仕事も覚える。
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「お前、勘いいな」
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よく言われた。
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危ない場所が分かる。
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ミスが起きそうな流れが見える。
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「なんとなくです」
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そう答えるしかなかった。
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(……なんとなくじゃない気がするけどな)
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そう思うこともあった。
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でも。
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深く考えるほどじゃなかった。
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ある日、三上から連絡が来た。
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「久しぶりに飲まね?」
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店に入ると、三上はすでに座っていた。
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「お前、相変わらずゴツいな」
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「お前もな」
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適当に言い合う。
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ビールが来る。
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乾杯する。
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「で、どうなんだよ」
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「何が」
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「女」
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やっぱりそこだった。
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「知らねえよ」
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三上は笑う。
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「俺はな、もう分かるぞ」
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「何が」
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「全部」
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軽く言う。
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でも。
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目だけは、少し違っていた。
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「見りゃ分かる」
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「どこに住んでて、誰とつるんでて、どんなやつか」
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「だいたい外れねえ」
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(……やっぱり、そういうやつなんだな)
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高校の頃の延長。
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でも、精度が上がっている。
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「この前さ」
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三上が思い出したように言う。
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「嵯峨久美、見た」
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一瞬、止まる。
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「……どこで」
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「東京」
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「なんか、施設で働いてるってよ」
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それだけだった。
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「へえ」
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それだけ返す。
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興味がないわけじゃない。
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でも。
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掘り下げるほどでもない。
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ただ。
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名前だけが残る。
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嵯峨久美。
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(……なんでだっけな)
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理由は思い出せない。
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でも。
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引っかかる。
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そのあと。
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夜の店に行くことが増えた。
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店の名前は「19」。
ジューク、と読む。
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最初は、年齢のことかと思った。
「違うよ」
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ママが笑う。
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「昔のバンドの名前」
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「十九歳って意味じゃないからね」
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そう言って、グラスを拭く。
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正直、よく分からなかった。
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でも。
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この店には、妙に居やすかった。
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その日も、現場帰りだった。
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ドアを開ける。
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「いらっしゃい」
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ママの声。
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カウンターの奥に、もう一人いた。
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見覚えはある。
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でも、名前は知らない。
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たまにいる女。
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「早いじゃん」
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「たまたま」
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座る。
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グラスが出てくる。
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氷の音が響く。
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しばらく、会話はない。
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でも、落ち着いている。
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「さ」
女が言う。
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「ちゃんと自分で選んでる?」
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唐突だった。
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意味は分からない。
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でも。
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言葉だけが残る。
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「……何を」
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「全部」
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ママが笑う。
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「ゆきちゃん、いきなり重いよ」
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ゆき。
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初めて名前を知る。
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(……ゆき、っていうんだ)
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ゆきは、少しだけ肩をすくめる。
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「普通でしょ」
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「普通じゃないから」
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ママが笑う。
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ゆきは何も言わない。
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ただ、氷を回す。
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「流れで決めてるでしょ」
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ゆきが続ける。
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「仕事とか、人とか」
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言い返そうとして、やめる。
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図星だった。
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「悪いって言ってないよ」
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「楽だし」
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そのとき。
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目が合う。
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一瞬。
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中を見られた気がした。
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視線を外す。
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言葉が出ない。
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ゆきは、それ以上何も言わなかった。
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店を出る。
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言葉だけが残る。
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ちゃんと自分で選んでる?
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現場で事故があった。
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大きくはない。
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でも、一歩間違えれば終わっていた。
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俺は助けた。
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でも。
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(……分かってた気がする)
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事前に。
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気づいていた。
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それでも、動かなかった。
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(……なんでだ)
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答えは出ない。
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ゆきの言葉が浮かぶ。
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ちゃんと自分で選んでる?
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考えるようになった。
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この仕事でいいのか。
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ここにいていいのか。
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そして。
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選んだ。
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介護だった。
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理由は説明できない。
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やりたいわけでもない。
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でも。
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行くべき気がした。
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今なら分かる。
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それは、自分の意思だけじゃない。
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もっと前から。
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中学。
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文化祭。
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三上の「なんとなく」。
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全部が、少しずつ繋がっている。
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でも、そのときはまだ知らない。
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ただ。
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進んだ。
流れのままに。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、
「流れのままに生きること」と
「自分で選ぶこと」の間にある違和感から生まれました。
能力の話ではありますが、
本質は「どう生きるか」という話です。
完璧じゃなくても、
自分で選んだと思えること。
それだけで少し違う、
そんな感覚が伝わっていれば嬉しいです。




