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これじゃドラムが叩けねぇ! くそっ! どうせもうバンドなんて辞めるから関係ねぇけどな!
あいつはスネアをケースごと蹴り飛ばした。見事な回し蹴りでな。その後少し冷静になって、自分で片付けをしていた。
スネアってのはドラムセットの一部だよ。ドラムスコはライヴの時、スネアとスティック、バスドラのペダルだけを持参していた。後はライヴハウスの借り物だ。それが普通だよ。中にはスティックだけしか持ち込まない奴もいる。
犯人についての目撃証言は他にもあった。俺だけ? 数人しか知らない秘密がもう一つ。犯人は音もなく背後に近付いたかと思うと、何故か奇声を上げてからナイフを振りかざす。
シャーッ、シャーッ。
あいつの癖だよ。なにかに熱中すると、無意識に息が漏れる。静かな動きの時には漏れないが、動の動きの時にだけ漏れてしまう。体育の授業でも、ライヴ中にでもそんな奇声を上げていた。あまり大きな声ではなく、小さな奇声。
その二つだけで、俺は犯人があいつだと断定したんじゃない。確かに珍しい特徴だ。それだけでも十分だよな。
犯人の人相、狭いおでこ、線のように細い目。疑いはなくなった。ドラムスコしかいない・・・・ 黒の革ジャンにジーパン。確定だよ。
俺はすぐに電話した。繋がらないとの不安はなかったな。俺からの連絡を待っている。何故だが自信満々にそう感じていたんだ。
久し振りだな。今何してる?
きっと今も誰かを襲っている。俺は分かっていてそう尋ねた。
何もしていないよ。そっちはどうなんだ?
ドラムスコは確かに何もしていなかった。高校は中退。パチンコ屋で働いていたけれど、あの日を境に連絡もせずに顔を出していない。俺のところに電話がかかってきたよ。
俺は高校三年生。携帯電話はまだまだ普及はしていなかったけれど、PHSの登場で電話も便利になっていた。不思議だよな。なにが違うのか知らないけれど、どっちも携帯出来る電話だろ? 区別するのはいいけどな、ちょっといい加減過ぎるよな。
俺は持っていなかった。当時俺の周りで持っていたのはドラムスコだけだった。俺は公衆電話からかけたんだ。
明日またライヴがあるんだ。よかったら来ないか? 叩きたかったら叩いてもいいぞ。俺達のドラマーはお前しかいない。明日はサポートを頼んでいるだけなんだ。
ふざけんな! あいつがいるんだろ? 俺はあいつを許さない!
分かってるよ。それでもいいじゃんよ。とにかく来いよ。今のお前が来れば、きっと楽しい事になる。俺は知ってるんだぜ。ニュースを見たからな。通り魔事件の終わりは、ライヴハウスで。いい結末だと思わないか?
電話口の向こうで、ドラムスコの表情が変わっていくのを感じた。
考えておくよ。
その言葉が俺には絶対に行くよって聞こえた。
俺はそのままもう一軒電話をかけた。久し振りの再開。翌日のライヴに誘った。喜んで行くと言ってくれたよ。
その日の事は皆が知っている筈だ。ニュースになっただけじゃなく、ドラマにも映画にもなっているんだからな。
けれど現実は、映画とは違う。分かってると思うけど、ニュースの中にも真実は隠れていない。ニュースなんて半分以上はショウだからな。残りは上辺だけの現実に過ぎない。
ライヴ前に姿を現したのは彼女だった。あいつには近寄りもしなかった。俺と少し話をして、もう一度付き合いたいなんて言っていた。俺はありがとうとだけ答えた。彼女は勘違いをしていたかもな。俺のありがとうは、来てくれた事にだけだったんだ。それだけで彼女の役目はお終いだ。
ライヴが中盤に差し掛かった頃、ドラムスコが現れた。俺はずっと入り口を睨んでいた。その時を待っていたんだ。
ドラムスコは真っ直ぐステージに向かって来た。俺達は多少の人気はあったといっても、会場を客で埋め尽くすなんて事はなかった。余裕を持って歩く事が出来る。最前列でさえ、ほんの少しの塊が出来ているだけだった。彼女はその片隅の脇にいた。ドラムスコの目にも彼女が映った。険しい表情が一瞬だけ固まったのが見えたよ。ドラムスコが近付くにつれ、会場が騒めく。そりゃそうだろ? ドラムスコの手にはナイフが握られていたんだからな。
真っ直ぐ彼女の背後に、なんの躊躇もなく脇腹を刺した。俺達の演奏に、ドラムスコの奇声も、騒めきも、彼女の耳には届かなかった。ドラムスコは何度も繰り返し、同じ場所を刺していた。じっとあいつの顔を睨みながら。




