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そいつは中央の座席、ど真ん中に大股で座っていた。何故だか知らねぇけどさ、ブカブカのズボンのポケットに両手を突っ込んでた。おかしな服装だったな。全てがブカブカだ。シャツも帽子も、靴もブカブカだ。サングラスをしてたけど、それまでブカブカだった。兄貴のお下がりかなんかだったのかも知れない。
火の付いてないタバコを咥えていた。何を考えているんだか、理解するのも難しい。
ぶん殴ってやろうかと思ったけど、面倒はゴメンだからな。俺は少し離れた座席に腰を下ろした。そいつは間抜けで面白そうだったから、わざとそいつが見える位置を選んだんだ。頭のおかしな奴、少し嫌な奴ってのは、距離を置いて眺めている分には楽しいものだよ。
あいつらは俺の事を、そんな風に見ているんだろ? ふざけんなってんだ。嫌な奴ってのはな、自分が見えていないんだよ。あいつらこそが嫌な奴って意味だ。まさかお前も、そうなのか? なんてな。安心しろよ。お前は違う。あいつらとはな。お前はどちらかというと俺と同じ匂いがする。なぁに、そんなに喜ぶんじゃねぇよ。照れるだろ?
そいつの耳には音楽が流れていた。小さなイヤフォンをしていたんだ。なにを聞いてたのか知らないが、音漏れが激しかった。いいリズムじゃなかった。頭が痛くなる。耳障りで気分が悪い。俺のイライラが連なってくるのを感じたよ。俺は立ち上がり、そいつの前に立ち、イヤフォンを引っぺがしてやりたい衝動を抑えるのに必死だった。
そんな俺の我慢は二駅が限界だ。俺は真剣に悩んだ。そいつをぶん殴るか。次の駅で降りてしまうか。目的地ではないけれど、逃げるのも勝ちだからな。そいつにビビってた訳じゃない。
その時あいつが現れたんだ。っていうか、あいつはずっと、俺の隣に座っていた。立ち上がり、そいつの目の前でそいつの足を蹴り払った。そして耳から垂れ下がるイヤフォンを引っぺがした。その勢いで咥えていたタバコも飛んでいったな。
うるせぇんだよ。ここはな、お前の家じゃない。そうだろ!
あいつはいい声をしていた。野太くて根深い声だ。その声で囁くように諭されちゃあ、文句の一つも返せやしねぇよ。離れて聞いていた俺でさえ、ビビッちまったからな。
ぁ・・・・ ぁあ、すみません・・・・ っした。
そいつの間抜けな返答だよ。
謝るんならな、メガネぐらい外さんか!
ガラガランッ! と、ブカブカのサングラスが飛んでいった。あいつが叩いたんだ。少し大きな声を出していたな。それまでは騒ぎに気がついていなかった遠くの乗客達も、何だ何だと騒めき始めた。二人に視線が飛んでいく。
分かりまっしたよ。ごめんなさいね。
そういつはそう言いながら、立ち上がり、サングラスを拾った。そしてそのまま別の車両に移動していった。
その際そいつは俺の目の前でこんな事を呟いていたよ。
ちっ! 絶対許さねぇからな・・・・
携帯をいじりながら、一瞬だけ俺に顔を向けた。俺は思わずニヤッと歯を見せた。そしたらそいつ、俺と同じように笑いやがった。気持ち悪ぃたらない。思わず寒気に震えちまった。真夏だっていうのにな。
おい! 忘れ物だぞ! そいつもちゃんと拾ってけよな。
あいつの言葉にそいつの身体が震えた。頭を小さく下げて足元のタバコを拾っていたな。そんな遠くに飛んでいたなんて俺は気付かなかった。あいつは目がいい。よく見えたもんだ。あいつの言葉には他の乗客も息を呑んでいた。俺はそいつの行動を、慎重な目つきで眺めていた。じろじろ眺めて刺激しちゃいけないからな。
そいつが消えるのを、あいつはじっと立ったまま眺めていた。強い視線を向けてな。そいつが消えてから、あいつはそいつが座っていた座席に腰を下ろした。俺の気のせいか? あいつもそいつと同じように大股を広げていたよ。
まぁ、俺も似たようなもんなだけどな。誰だってそうだろ? 特に男はよ、座っているだけで、意識もせずに股が開いていくんだよ。女だってそうじゃねぇか? お前なんてよく股広がってるぜ。違ぇよ。そんな意味じゃなくてだよ。気がついてねぇのか? 女のくせに、だらしがねぇ奴だ。
話がここで終わりならよかったのにな。車内でのちょっとしたいざこざは、毎日のようにある日常だ。




