状況説明と混乱
時刻は昼時。防衛衆の集合場所となっている村の中央広場。
村での生活においても集会所として使われる事になるこの広場だが、集会場所として使われるのは年に数回程度だ。国に納める税金を納める時。祭りが行われるとき。たまに異形を恐れない行商人がやってきた時にも交易所として使われる事もあるが、商人の場合は物品購入を希望する者達だけだ。
村で問題が起こった時や、何か決め事を行う場合は村の中でも重要な男衆だけが村長宅に集まって話し合い決めてしまう事が多い。
しかし、今は年に数回しか集まる事がない集会場所に村人全員が集められていた。村人たちもその異常な空気を察したのだろう。それぞれが顔を見合わせたり、近くの者達と話し合ったりと不安げな様子だった。
ザワザワと話し合う村人たちだったが、そのざわめきは乗馬した菊川が村長を伴ってその身を現した事で収まる。
菊川が乗馬している理由は、菊川が他の者達より高い場所にいる事で上位者である事を示す為である。
菊川は一度集まっている村人たちを見わたした。そしてゆっくりと話し始める。
「尾荷根の者達よ、よくぞ集まってくれた。何故集められたのか、この村で何が起きているのか、不安に思っている者達も多いだろう。その事について我らから伝えなければいけない事がある。」
菊川はそこで一旦言葉を区切り、一呼吸おくと状況について話し始めた。
「今現在、この村は予断を許さない状況にある。調べたところこの村に現れた異形は既に群れを形成している事が分かった。いつこの村に、いや、今この瞬間に、異形の群れがこの場に雪崩れ込んできてもおかしくない状況なのだ!」
実際には群れは形成されたのではなく、別の地域から群ごと移動してきたのだがそこは大した問題では無いため、形成されたと説明する。
村人たちは明らかに驚いた反応をしていた。今この瞬間にも自分達は命の危機に晒されていると言われたのだ。
戸惑う者、近くにいる人と話し合うもの、実感が湧かないのか茫然としている者。反応は様々である。
「お前ら黙らぬか!まだ菊川様のお話の途中だ!」
菊川のそばに控えていた村長が村人たちを一括するとざわめきはすぐに収まった。それを確認すると菊川は話を再開する。
「本来、異形というのは臆病な生き物だ。人里を襲うという事は滅多にない。しかし群れを成した異形は例外だ。群れを維持するための食料を求めて大量の餌がある場所、即ち人里を襲うようになる。しかし、異形が群れを形成するには時間がかかる。我らは群れをを形成する前の異形共を事前に間引く為の使命を帯びてこの地に来た。しかしこの数日の調査で、既に我らが到着した段階で異形の群れが形成されていた事が分かった。」
菊川はこれまでの経緯を村人たちに説明する。
「正直に話そう。今の我らの戦力で異形の群れの討伐は不可能だ。だが援軍を連れてくるこようにも、いつ異形の群れが現れるか分からぬない状況で、無防備な状態の村を残して我らがこの場を去る訳にもゆかぬ。故にこの村の防備を強化したい。その為に、そなたらに協力を頼みたい。」
村人たちはそれぞれ顔を見合わせる。基本的に貴族というのは上から一方的に命令するだけだ。しかもその命令は村の代表者である村長を通して村人たちに伝えられる。貴族から頼まれごとをされた上に、直接話をされるという状況に驚いたのだろう。
「具体的な内容は村長から話をさせよう。」
「承知いたしました。」
村長は菊川に一礼すると、村人たちの前に歩み出る。
「菊川様からお話があった通り、ここからは私が説明しよう。」
村長はそこで一旦言葉を切ると、集まっている村人たちを見わたす
「お侍様たちが求めている協力は、この村周辺の情報。陣地の構築。食料の確保。そして…」
村長はそこで言葉を切る。
村長の言葉が途切れた事に訝しげな視線を向ける村人達。
「そして、陣地構築の為の整地。今回の場合はまだ完全に実っていない稲穂の刈り取りと、田畑を潰すという事だ。」
村長が続けた言葉の内容に、大きな動揺が村人たちに広がる。そして次々と不満と疑問、文句が村人たちの口から発せられた。
「稲穂の刈り取り!?」「田畑を潰す!?」「何でそんな事を?」「そんな事したら…」
「静かにしてくれ!!私とてこのような事はしたくない。しかしそうしなければ、我らは異形の餌になってしまうのだぞ。」
「だからって田畑を潰しちまったら、私らははどうやって生活していくんだい?」
一人の女性が発した疑問は村人たち全員の疑問だった。
「それについては菊川様が支援してくださるとの事だ。」
「支援って、具体的にどれくらいしてもらえるんだい?この村が暫く食っていけるのかい?」
菊川が田畑を潰す代わりとして支援を約束したのは本当のことだ。
しかし、具体的内容については話し合ってはいなかった。その為村長は言葉に詰まってしまう。
言葉に詰まった村長を見て、菊川は表情にこそ出さなかったが、内心では呆れていた。
実は菊川は村長に籠城について話し合った際に、具体的な支援について話をしようとしたのだ。しかし、村がいつ襲われてもおかしくないという状況に焦った村長は籠城準備を優先すべきと主張。
具体的な支援内容を話さずに村人たちを説得できるのかと菊川は疑問に思ったが、確かに事態は急を要するという事、村長が村人たちは自分を信用しているから大丈夫だ、という村長の言葉もあり村長の言い分を認めてしまったのだ。
しかし今はそのところを突っ込まれて村長は答えに窮している。その結果村人たちはヒートアップしていた。
菊川が村人たちを諫めようにも、具体的な支援内容を菊川も話す事が出来ない。
支援を行うにしても菊川一人で行える筈はない。当然国からの予算にて支援を行うのだが、菊川の裁量には限界がある事。この村の収支状況などから支援内容が決まると思われるのだが、収支が分かる資料が無いため、おおよその値ですらも推測出来ない状況だ。
(さてどうしたものか?)
菊川が貴族という身分を利用してここで彼らを一喝して無理やり従わせる事も出来る。しかしそれを行えば村人たちに大きな不信感を与える事になる。不信感は信頼の低下となり、信頼の低下は士気の低下に繋がる。村人たちと籠城を行う関係上それは避けたかった。
菊川は未だアタフタしている村長の背中を思わず睨めつけるも、それで状況が解決する筈もなかった。内心で溜息を吐く。
その時、集まっている村人たちの後方からこちらに向かって歩いてくる集団が目に入る。正確にはその中にいる一名がだ。この作戦を立案した、貴族である自分にも正面から意見が言える不思議な男。
(あやつに聞いてみるか。)
菊川は遠方にいる集団に向かって、手招きするのだった。




