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穴熊という昔話

 菊川は頭を下げた白悠を無言で見つめ続ける。


 「確かにあてもなく森に突撃するよりは理にかなってはいるな。」


 ポツリと菊川が呟いた。


 「白悠よ。頭を上げよ。」


 白悠はゆっくりと頭を上げる。


 「お主の作戦は分かった。だが一つ問題がある。その作戦において私と新之丞が首都に向かった後の指揮官はどうするのだ?誰か適任がいるのか?」


 菊川から質問が出る。しかしそれに答えたのは白悠では無かった。


 「菊川様、そちらに関しましては私の方からお答えしても?」

 「構わぬ。」

 「籠城の指揮は私の組みの風丸と正吾の二人に任せたいと考えております。この二人は防衛衆前から大吉と組んでいた数少ない生き残りです。かつて穴熊とよばれた大吉の下で働いていた二人ならば、籠城戦についても熟知している筈です。後を託すには最な者達かと。」


 新之丞は正吾と風丸の二人を推挙する。

 

 (防衛衆前?、穴熊?)


 白悠は気になる言葉が出てくるも、流石にこの場で直接尋ねるような事はしなかった。


 「成る程穴熊の下で働いていた者達か。ならば申し分あるまい。」


 新之丞の回答に納得したように菊川は頷く。


 「ならば籠城の準備もその二人に任せた方が良いかもしれぬな。我らでは気の回らない所も気が付いてくれそうだ。」


 そして菊川は暫く黙り込む。そして


 「白悠よ、貴様の主張は良く分かった。貴様の上申した作戦でゆこうではないか。」


 菊川の言葉に白悠は思わず笑顔を浮かべる。そして頭を下げて礼を述べる。


 「ただし、今後はこのような事があったら気を付ける事だ。貴様の提案で貴族を死地へと向かわせるなど、この場で切り捨てられても文句を言えなかったぞ。」


 強く睨みつけるような菊川の視線に白悠は思わず息を呑む。


 「まあ良い。白悠、貴様はその二人に貴様の作戦をが承認された事を伝えてくると良い。下がれ。」


 菊川に白悠は暇を告げると踵を返して部屋を後にする。

 村長宅を出た瞬間、思わず安堵の溜息がもれる。やっと安心できた瞬間だった。白悠も自覚していた事だが、菊川の言う通りあの場で切り捨てられてもおかしくなかったのだ。

 山場を乗り越えたことに気が抜けそうになるも、本当の山場はこれから訪れるのだ。

 白悠は気合を自らに気合を入れなおすと自分たちの宿舎としている民家に向かって歩き出した。


 

 

 「予想以上に良い拾い物だったようだな。あの白悠とかいう男は。」

 「最初はどうなることかと思いましたけどね。良くも悪くも率直で、貴族や上の人間相手でも自分の意見を主張できる。大吉も言っていましたが、あの度胸は目を見張る物があります。」

 

 部屋に残った菊川と新之丞は白悠について話していた。


 「あ奴に直接意見を述べさせる等、お前は何を考えているのかと思ったが話を聞いてみれば納得だ。あ奴は似ているな。自らが正しいと思った意見は臆せず告げるところが、特にな。」

 「お気に召したようで何よりでございます。」


 そういって新之丞は笑みを浮かべると頭を下げるとゆっくりと頭を上げた。本来ばら許しも無く貴族相手に勝手に頭を上げるのは無礼にあたる行為だ。

 しかし、新之丞の行為に特に気を悪くした様子が菊川には見られなかった。


 「しかし、懐かしい名を出したな。今はただ大吉と名乗っている故ほとんどの者は知らぬだろうが、穴熊の大吉といえば首都でも名の知れた大盗賊だ。もう8年前も前か。」

 「もうそんなに前になりますか。時が経つのは早いですね。」


 穴熊の大吉は一時期、この国に名を轟かせた野盗の首魁の名だ。

 大吉という男は元々、どこにでもある普通の農村の一介の農民でしかなかった。村内での特別な身分などでもなく、村内では慕われてこそいたものの、農民の域をでない普通の男だった。

 きっかけは税の取り立てだった。ある時その農村を含む近隣を管理していた貴族が税の取り立てを行った。税の取り立て自体は毎年行われるもの。問題は当時大規模な飢饉が起きていたという事だ。村人達は自分達が食うに困る状況であった為、その貴族に減税の措置を願いでていた。実際そういった飢饉や災害等で減税が行われる事はよくある事だった。しかし、その貴族はそれを認めなかった。減税を嘆願する村長を村人たちの前で斬り殺すと、権力と暴力で有無を言わせず、収穫した米や農作物を奪い去っていったのだ。

 大吉はこの貴族の行為に憤慨。村人だけでなく、周辺にある同じような状況の村を周り、村民達を説き伏せ反乱軍を結成し、その貴族との徹底抗戦を行った。

 当初は少数の農民たちが反乱を起こしていただけと高を括っていた貴族だったが、奇襲や罠を利用したゲリラ戦法によって貴族の兵は疲弊。すぐに収まると思われた農民たちの反乱は、やがて首都の侍衆の介入を招く程までに規模が大きくなった。

 侍衆の介入によってすぐに収まると思われた反乱だったが、貴族の兵を苦しめた奇襲や罠に加えて軍隊といっても遜色ない程に統率された農民たち。加えて地形を見事なまでに利用した防衛陣地。

 反乱は侍衆の介入から約2か月程で鎮圧されたものの、逆に2か月も侍衆相手に奮戦した事、その奮戦の要となったのが陣地構築を主体とした籠城戦であった事から、首魁であった大吉は将棋の中でも最強の防御方法と言われる戦術から名前をとり、穴熊と呼ばれる事となった。


 「当時の生き残りは私とお前と大吉だけだったと思っていたが、そうか防衛衆にはまだ当時の生き残りがいたか…」

 

 どこか感慨深く呟く菊川。

 

 (そう、あれから8年もたった。)


 新之丞は当時を思い出す。ともに戦った仲間。敵として対峙した農民たち。そして初めて肩を並べて戦った今は亡き…


 「人生を振りかえるにははやいな。新之丞、彼を手伝ってやれ。下がれ。」


 菊川の言葉に新之丞は我に返ると礼をしたのち、部屋を出る。

 そして村長宅を出ると白悠達が宿舎としている民家に向かって歩き出した。

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