離れる
崩れ落ちた岩場から離れ、俺たちは草に覆われた旧道を歩いていた。靴底に残った細かな砂が、歩くたびに擦れて乾いた音を立てる。
崩れた斜面から離れたとはいえ、服の裾や背負った荷には白っぽい土埃がまだうっすらとこびりついていた。手で払ってもすぐには落ちない土埃の感触が、間一髪で逃れた事実を実感させる。
さっき斜面が崩れ落ちたときの轟音はもう聞こえない。木々の間から差し込む夏の日差しは明るく、風が葉を揺らす音だけが静かに響いている。
周囲はいつもの森の穏やかさに包まれているのに、俺の耳の奥では、あの腹の底を揺らすような低い響きがまだ残っている気がした。
時折、その残響が蘇るたびに、肌が粟立つように感じられる。
先頭を行くヘレンは、草に埋もれかけた轍を外さないように一定の速度で進んでいる。旧道の中央には雨水で流された小石が吹き溜まりのように集まり、不用意に踏むとぐらついて足首を持っていかれそうなところも多い。
さらに、場所によっては黒い土が湿り気を帯びていて、靴底が滑りやすくなっていた。
だが、彼女は立ち止まることも、大きく歩調を変えることもなく、そういった不安定な場所だけを迷いのない足運びで避けていた。背中越しにも、彼女の視線が進む先と足元へ交互に向けられているのが分かる。無用な怪我をしないよう、安全に帰るための歩行に徹しているのだ。
リディがそのすぐ後ろを行き、リケが続く。2人の間が開きすぎていないこと、リケの背負い袋が伸びた枝に引っかかっていないことを見守りながら、俺も三人と同じくらいの歩幅を保って殿を務めた。
しばらく歩いたところで、前方の丘の稜線と木立が重なり、さっきまで見えていた岩場を完全に隠した。
もうあの場所は見えないな。俺は歩きながら、ふとそう気づいた。
だが、視界から消えたからといって、胸の中に残った疑問まで見えなくなるわけじゃない。坑内の黒い壁に走っていた淡い色の筋。その先にあった岩陰。
そして、リケの掲げた灯りの縁で見た、あの正体の分からない硬質らしきなにか。
確かめたいことが残ってしまった。もしあのまま踏み込んでいれば、あるいはあのまま崩落が起きなければ、もう少し何かを知ることができたのかもしれないという未練は確かにある。
特にあの動いていたなにか――生きものなのか違うのかすら今となっては不明だ――が何だったのか、知る術を失ったことには正直心残りがある。
そんな俺の心を足音か何かから察したのだろうヘレンが前を向いたまま、少しだけ声を落として言った。
「後ろのことは、今は考えても仕方ない。歩けるうちに離れるぞ」
「ああ」
俺は短く答えた。ヘレンはそのままどんどん進んでいく。俺たちもそれに続いた。
しばらくして、リケが肩を軽く揺らし、背負い袋の位置を背中の真ん中へ直した。彼女は袋の口を開けることはせず、肩紐の留め具へ指を添えてカチャリと確かめただけだ。
袋の中には、坑内の水際で拾い、布に包んだあの小さな欠片が入っている。それに加えて、崩れた斜面から安全な足元まで転がってきた淡い塊も、リケが手早く拾って収めてくれた。
リケは歩きながらでも、手元の荷がどうなっているか常に気を配ってくれている。袋が歩みで揺れすぎないように、肩紐の張りを微調整するその手つきは慣れたものだ。拾い上げたものが何なのかは分からなくとも、袋の中のものを傷めず、手元に残ったものを失わずに持ち帰ることはできるのだ。
ふと、前を歩くリディが、一度だけ後ろの方角へと目を向けた。歩みを止めず、少しだけ首を傾けて背後を探るような仕草だったが、彼女はすぐに視線を前へ戻し、道に飛び出した石を避けて歩き続ける。
「リディ、何か分かるか?」
俺が尋ねると、リディは前を向いたまま、静かな声で答えた。
「今はもうはっきりとは分からなくなってしまいました」
「そうか」
坑内にあった圧のようなもの。それが土砂崩れの後どうなったのかは、それも今となっては確かめようがない。分厚い土と岩の層、そして離れていく距離に阻まれれば、魔法や魔力に長けた彼女であっても、これ以上の判別はつかないのだろう。それでいい。無理に知ろうとする必要は今のところないのだ。
そう思い、少しだけ空いた3人との距離を俺は慌てて縮めるのだった。




