家路へ
俺は歩きつつ、前を行く3人を見た。
ヘレンは歩きやすいところを的確に選び、リディは無理なくついていっている。リケの足取りは、荷を背負っていても決して乱れていなかった。
坑内で見たものも、崩落で失ったものも、今はもうどうにもできない。俺は頭の中に浮かびかけた未練を振り払い、露出した石や湿った土を踏まないように足裏の感覚へ意識を向けた。
前を歩く3人との適切な距離を保つ。急がせることもなく、かといってのんびりすることもなく、ただ無事に帰るための歩みを進める。靴底から伝わってくる地面の凹凸を感じながら、俺は殿としての役割だけに集中した。
一歩、また一歩と進むごとに、坑内の暗がりが遠ざかっていく。
旧道を進むにつれて、少しずつ周囲の景色が開けていった。
両側を塞いでいた木立がまばらになり、丘の間を抜ける風が強くなる。頬を撫でる空気に草の匂いが濃く混じり、夏の強い日差しが直接地面を照らし出していた。
足元を覆っていた夏草の背も低くなり、荒れた土に残っていた細い轍が、やがて横へ広がる踏み固められた道へと繋がっているのが見える。
来るときにフランツさんの馬車を降りた、街道との分かれ目だ。
旧道の轍は夏草にほぼ呑まれていて、歩くのすら気を遣うような状態だった。それに対して目の前に現れた街道には、馬車の車輪が何度も通った跡が幾筋も残り、人と馬が余裕ですれ違えるだけの十分な幅がある。
道に足を踏み入れた瞬間、靴底から伝わってくる土の硬さが、ここまでの道とははっきりと違っていた。足を踏み下ろしたときの確かな反発が、俺たちの歩行を支えてくれる。
ここへ着いたことで、帰路が一段階進んだという実感が湧く。
ヘレンが街道の南側へ目をやった。北へ続く道にも、南へ続く道にも、今は誰の姿も見えない。
「馬車を待つ理由はないな」
ヘレンが遠くを見ながら言った。
フランツさんは俺たちを下ろした後、北へ向かって去っていった。ここへ戻る約束をしていたわけでもないし、街道の途中で彼の戻りをじっと待つようなこともあるまい。
「ああ。ここにいつまでいるとも言ってなかったし、俺たちで帰ろう」
俺が答えると、ヘレンは短く頷いた。
「よし」
道へ出る前に、俺は空を見上げた。夏の陽はまだ高い位置にあるように見える。だが、今日のうちにどこまで進めるかは、これから歩いてみなければ分からない。
「暗くなる前に、見通しがよくて人の通る場所を探そう」
俺が言うと、リディが頷く。
「分かりました」
「はい、親方」
リケも続いた。当座の進路が決まったことで、4人の動きに迷いはない。
ヘレンは街道の南へ向かって歩き出した。旧道を歩いていたときより道幅があるぶん、前の見通しもよく利く。道の端には夏草が伸びているが、中央には人や馬車によって何度も踏み固められた硬い土が真っ直ぐに続いていた。
もちろん、自分たち以外の誰かが通る可能性のある場所へ出たからといって、安全になったわけではない。
その誰かが危険人物でないという保証もどこにもないわけだし。
それでも、いつ崩れるか分からない岩場のすぐ近くにいるときとは違う。肩にかかっていた張り詰めた緊張が、少しだけ解けたような感覚があった。旧道での慎重な歩みから、距離を稼ぐための歩みへと、足音が僅かに軽くなる。
ヘレンは先頭のまま、道の真ん中ばかりを歩かない。轍の深いところや、水たまりが乾いたような窪みを避け、歩きやすい平坦な土の上を選んでいる。危険を警戒する立ち回りではなく、無用な疲労を避けるための合理的な足場選びだった。
リディとリケも、彼女の選んだところを進んだ。
俺は、前を歩くリケの背の袋を見た。
彼女がしっかりと背負っている袋が、歩調に合わせて小さく揺れる。その揺れを見ていると、俺の意識も自然と中にあるものへと向かっていく。さっきまで見ていた坑内の光景が、ふと頭に浮かんだ。
壁を走っていた淡い筋の先。岩陰にいた実体。あの暗がりの奥へ続いていたもの。
崩落で坑口が完全に塞がった以上、今すぐにあの中へ戻って確かめる手段はない。
だが、何も持ち帰れなかったわけじゃない。
坑内の濡れた床で拾った小さな欠片と、崩れたあとに俺たちの近くまで転がってきた淡い塊が、あの袋の中にはある。それが答えそのものではないとしても、手掛かりにはなるはずだ。
俺が袋の揺れを見ていることに気づいたのか、リケが前を向いたまま、少しだけ声を高くして言った。
「工房の道具があれば、今より分かることは増えるかもしれません」
「ああ。まずは落ち着いた場所でゆっくり見よう」
俺は頷いた。
「私も、持ち帰ったものから分かる範囲を確かめます」
リディが静かに言った。
「頼む」
俺が答えると、ヘレンが振り返らずに言った。
「なら、先へ進もう」
「おう」
「はい」
「分かりました」
4人の足音が、踏み固められた街道へ規則正しく続いていく。
ヘレンの後に、リディとリケが続く。その少し後ろで、俺は三人の間隔と道の先を見守りながら進んだ。
崩れた岩場は、もう完全に丘の向こうへ遠ざかっている。
次に確かめるのは工房についてからだな。
夏の風が街道を吹き抜けていく中、俺たちは南へと向かって歩き続けた。




