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鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ  作者: たままる
第17章

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崩れ落ちる

 旧道を戻り始めてすぐ、俺は背後を振り返らなかった。

 坑口から離れるにつれ、肌にまとわりついていた、湿った冷気が薄れていく。

 夏の陽射しと草の匂いが戻ってきたことで、胸の奥に張りつめていたものも、ほんの少しだけ緩んだ。

 先頭のヘレンは足を止めず、首だけを巡らせて岩場のほうを見た。


「中からアレが追ってくる様子はないな」

「みたいだな」


 あの暗がりにいた実体が、すぐ外まで出てくる気配はないらしい。

 もちろん、坑内のことが分かったわけではない。あの狭い場所に戻れば、また同じものと出くわすかもしれない。


 それでも、ひとまず外へ出られたという安堵が形になるより早く、足の下で地面が震えた。微かな揺れだった。

 だが、足の裏から伝わった鈍い響きに、俺は思わず足を止める。坑内の奥で一度だけ聞いた、腹の底へ沈むような低い音に似ていた。


「……危ねぇ!」


 ヘレンの声とほとんど同時に、背後で岩が砕けた。


「下りるぞ!!」


 再びのヘレンの叫びをかき消すかのように轟音が斜面に響く。

 俺はリケとリディを岩場から離れる側へ先に走らせた。ヘレンもすぐに進路を変え、旧道の脇にある草地へ駆け下りる。

 俺も3人の後を転がってきた石を避けながら走った。

 背後では、岩と土が次々に崩れる音が続いている。


 大きな石が地面を打つたび、足元まで震えが届いた。舞い上がった土煙が風に押され、俺たちのいる方へ流れてくる。

 やがて、ひときわ大きな音がして、それも途切れた。細かな砂が落ちるパラパラという音だけが、しばらく続く。


「止まれ。そこから動くな」


 ヘレンが土煙の向こうを見据えたまま言った。

 俺たちは草地で足を止めた。坑口のあった岩場からは離れているが、今はむやみに動かない方がいい。


「怪我した奴はいるか」

「俺はない」

「わたしも」

「私もです」


 3人の声を聞いて、俺は息を吐いた。

 土と埃をかぶっただけで、誰も傷を負ってはいない。風が少しずつ土煙をさらっていく。

 岩場の輪郭が見え始めたころ、俺たちの近くまで転がってきた土の塊や小石が目に入った。その中に、周囲の岩とは違う淡い色のものが混じっている。


「親方」


 リケが、その一つを指した。


「あれ、見た目はさっきの欠片に近いです」


 手のひらほどの塊と、その周りに散った小さな欠片。どれも崩れた斜面のすぐそばではなく、ここまで転がってきたものだった。


「拾ってもいいですか?」

「崩れたところには近づくな。そこまで来た分だけにしてくれ」

「はい、親方」


 リケは頷き、安全な足元にある淡い塊だけを手早く拾った。いくつかを袋へ収めると、口を閉じて背負い直す。


「それも合わせて調べよう」

「分かりました」


 その間も、ヘレンは斜面から目を離していなかった。


 土煙がほとんど晴れ、「坑口だったはずのところ」を見て、俺は言葉を失った。

 岩肌の根元にあった黒い裂け目は消えている。

 入口の周りだけが崩れたのではない。土と岩が斜面を覆い、かつての狭い隙間をすっかり埋めていた。脇に残っていた古い木組みも、土砂の間からわずかに覗いているだけだ。


「完全に塞がりましたね」


 リディが静かに言った。


 彼女は土砂の向こうへ意識を向けるように目を細め、それから小さく首を振った。


「坑内から感じていた圧のようなものも、土砂越しだと判別しにくいです」

「そうか」


 アレが何かをしたのか。低い音と崩落に関係があるのか。

 それとも、長く放置された坑道が、たまたま今崩れただけなのか。

 今の俺たちには分からない。

 ヘレンは崩れた土の広がりと、上の岩場を順に見ていた。しばらくしてから、俺へ顔を向ける。


「ここを掘り返すのは無理だな。上もまだどうなってるか分からない」

「そうだな」


 入口だった場所には、大きな岩が重なっている。

 今の人数と持ち物で手を出せる崩れ方ではない。仮に掘り始めたとしても、奥まで通じる道を作れる保証はないし、また土砂が落ちてくるかもしれない。


 あの淡い筋の先も、実体が退いた岩陰も、もう確かめようがなかった。

 だが、袋には最初に拾った欠片がある。今、追加で回収したものもある。


「中に戻るのは不可能だな」


 俺は塞がった斜面を見たまま言った。


「よし、持ち帰った分を工房で調べよう。それから先のことは、その後で考える」

「はい、親方」

「分かりました」


 リケとリディが答え、ヘレンも一度だけ頷いた。


「なら、離れるぞ、エイゾウ。ここに長居する理由はない」

「ああ。旧道を戻ろう」


 暗い坑口があった場所には、もう土と岩しか残っていない。

 ハッキリ分かるかもしれないところで、追加の手がかりが失われたことに未練がないわけではないが。今は3人を無事に連れて帰ることの方が大事だ。


 俺は完全に塞がった斜面に背を向けた。

 ヘレンが先頭へ戻り、リディとリケが続く。俺は3人との間を確かめながら、来た旧道を南へ歩き始めた。

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