日の下へ帰る
俺は静かに鞘へ収めた〝薄氷〟の柄から手を離した。
鯉口が鳴るかすかな音が、湿気を含んだ坑道へ吸い込まれていく。
ほぼ同時に、ヘレンが滑らかな動作で身を翻し、来た道へ歩き始めた。彼女の背中を追うようにリディが続き、リケがそのすぐ後ろにつく。決めたとおり、俺が殿だ。
ずっと先の暗がりから響いた、あの腹の底へ沈むような低い音は、あれきりだった。岩陰にいた何かが再び隙間からこちらへ這い出してくる様子もない。
だからといって、あそこが安全になったわけではないだろう。俺は前を行く三人の気配と間隔だけを意識しながら、濡れた床へ足を運んでいった。
ヘレンを先頭に、俺たちは来た道を戻った。俺が掲げる炎が、足元と前方を途切れず照らしている。
湿った冷気が肌にまとわりつく中、どこからか落ちる雫の音が不規則なリズムで反響していた。誰も口を開かず、ただ引き返すことだけに集中する。
曲がり角から少し距離を取り、張り詰めていた緊張がわずかにほどけ始めた頃、皆が少しだけ速度を落とした。
リケが自分の右手へと視線を落とす。掌には、先ほど岩壁の根元で拾い上げたばかりの、淡い色の小さな欠片が乗せられている。
「親方。一旦これをしまっておこうと思います」
「そうだな」
「はい。すみません、明かりをお願いしてもいいですか?」
「おう」
俺は短く応え、濡れた壁や水溜まりに近づけすぎないよう、少し高い位置に灯りを掲げた。
リケは背負っている袋を少しだけ前へと引き寄せ、留め具を外す。中から手触りの柔らかそうな小さな布を取り出すと、その上へ欠片をそっと乗せた。
歩きながらでも手元は狂わない。彼女は器用に布の端を折り重ね、指先で包みを作ってから、袋の内側の奥へとしまい込んだ。
袋の口を閉じ、留め具がしっかりとかかっていることを確かめてから、彼女は再び俺へ手を伸ばした。
「灯り、ありがとうございます、親方」
「ああ」
俺はリケの手に明かりを戻す。
彼女は受け取った火を元の高さに掲げ直し、少し前を行くリディたちとの間隔をすぐに取り戻した。
出口へと近づくにつれて、前方の暗がりが少しずつ薄れていく。外から差し込んでくる太陽の光が、狭い通路の先を白ませていた。
その光がはっきりと見え始めた頃、リディが前を向いたまま小さく口を開いた。
「エイゾウさん」
「どうした?」
「離れるにつれて、向こうにあった感じは薄くなっています」
「そうか」
となれば、やはりあそこには何かあるのだ。だが、今のところはそれ以上のことは何もわからない。知ろうとすればまた入るしかないので、頭の中から追いやった。
やがて、前を行くヘレンが身をかがめた。
崩れかけた古い支柱が両脇に残る、狭い隙間がすぐ目の前に迫っている。
ヘレンが滑り出るように外へ抜け、リディが続く。リケの明かりが岩の縁を照らし出し、俺も最後に頭上の岩を気にしながら、そこを潜り抜けた。
視界が急に開けた。
夏の日差しが、暗闇に慣れていた目には少しばかり眩しく感じられる。湿った冷気を抜けると、草の匂いを含んだ風が頬を撫でた。
俺たちは数歩進んだところで立ち止まり、それぞれが深く息を吐く。
ヘレンは軽く肩を回し、リディは外套の襟元を整えた。
後ろに残ったのは、ぽつり、ぽつりと落ちる水滴の音だけだった。あの何かが姿を現すわけでもなく、外へと追ってくる気配は一切ない。
「拾ったあれを持ち帰ろう。何か分かってから戻ってきても遅くはないだろうし」
俺が短く方針を告げると、リケとリディがそれぞれ応えた。
「はい、親方」
「分かりました」
ヘレンは、背後の岩肌をちらりと一瞥してから、俺へ向き直った。
「なら、そばで休む理由はないな。明るいうちに離れるぞ、エイゾウ」
「ああ、俺もそのつもりだ」
俺は即座に同意した。
未知のものが残る裂け目のすぐそばで腰を落ち着けたり、日が傾くまで様子を見るような真似をする理由はない。ここから離れるために動くことが、今一番確実な選択だろうな。
「旧道を戻ろう。工房に帰ってから、まずはリケに見てもらう」
俺が次の一手を示すと、ヘレンが迷いなく草に埋もれた分かれ道の方へ向かって歩き出した。
リディがその後ろへ続き、リケも灯りの火を消し、それを袋の脇へ収めると、しっかりとした足取りで前へ続く。
昼の光の下でも、裂け目の先はどこまでも暗い。
俺は最後に、その場所をもう一度だけ見た。あそこには、手掛かりとなる小さな成果があった。
しかし、石以外の何かも確かに存在している。正体の分からない影、重く響いた音、そしてリディにだけ感じ取れる説明不能な感覚。
俺は、三人の後を追うように歩き出した。




