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鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ  作者: たままる
第17章

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坑道2

 コス、と小さな音が消えた。

 後には、水滴が岩を打つ音だけが残る。

 ヘレンは角の向こうの暗がりを見たまま、低く言った。


「さっきの実体が動いた音じゃないな。アタイにはそう聞こえる」

「ああ」


 あの何かが岩を擦って退いたときの、ガリガリした音とは違っていた。今のはもっと軽い音だ。

 実体が岩陰へ退いた先には、淡い色の筋が見えている。

 俺はヘレンを見る。ヘレンは一度だけ頷き、来た側にある平たい岩へ視線をやった。

 何かあれば、すぐあそこまで戻れればいい。その範囲で、筋の根元へ行く。

 リケとリディも、同じ岩と俺たちを順に見た。


「行こう。ただし、筋の根元までだな」

「分かった」


 ヘレンが先に曲がり角を越えた。

 濡れた床へ足を置く前に、ヘレンは岩陰と、実体が消えた隙間の周りへ目を走らせる。何かがこちらへ出てくる動きは、俺の位置からは見えない。


 ヘレンは武器を抜かないまま、すぐに動ける姿勢を崩さず一歩進んだ。

 リディがその後ろへ続く。俺も〝薄氷〟を抜いたまま、リディの通った場所を選んで足を運んだ。

 リケは少し後ろ、戻る側を照らせる位置にいる。彼女の持つ灯りが、俺たちの足元と、背後へ続く岩の並びを淡く浮かべていた。


 角の先は、思っていたより少し広い。

 水気は減っていたが、乾いているわけではない。壁を伝った雫が細く床へ落ち、黒い岩の間に白とも灰ともつかない筋が走っている。

 その筋は壁の途中で消えず、斜めに下って床際まで続いていた。


 ヘレンが二歩、三歩と進む。

 俺たちも間を詰めすぎないようについて行く。

 実体が退いた岩陰は、さらに先の方だったはずだ。だが、淡い筋の根元は、もう手を伸ばせば届く距離にある。

 リディが足を止める。


「エイゾウさん。足元から、奥と同じ系統の『重さ』を感じます」


 リディは、自分の靴先の少し前を見ていた。淡い筋が濡れた床へ触れている、その辺りだ。


「親方、灯りを下へ向けます」

「ああ、頼む」


 リケが壁から落ちる雫を避けながら、腕をゆっくり下ろすと、明かりが床をなぞる。

 そこで初めて、筋の根元に小さな欠片があるのが見えた。

 周囲の黒い岩とは違う色だ。濡れた泥に半分埋もれ、淡い面だけを覗かせている。

 さっきの音は、これが剥がれ落ちたものだったのだろう。


「リケ、取れそうか」

「はい。ただ、灯りを持ったままでは、足元を見ながら拾えません。すみません、いいですか?」


 リケが灯りを俺へ差し出した。


「おう」


 俺は右手の〝薄氷〟を岩陰へ向けたまま、左手で灯りを受け取る。炎を濡れた壁へ寄せすぎないよう支えると、リケは空いた両手でしゃがみ込んだ。

 泥を大きく掻かないように、指先だけで欠片をつまみ上げる。

 リケは立ち上がり、掌の上でそれをゆっくり返した。


「親方。見た目が、今まで坑道で削られていた岩とは違いますね」


 親指の腹で、側面をそっとなぞる。


「手触りも違いますし、中の粒も均一ではありません。工房の道具があれば、もう少し詳しく分かるかもしれません」

「リディから見てどうだ」

「はい」


 リディはリケの掌へ顔を寄せた。触れずにしばらく欠片を見つめ、それから静かに息を吐く。


「先に感じていたものと、完全に同じかは分かりません」


 一度言葉を切り、リディは続けた。


「ですが、この欠片からも、同質の『重さ』を確実に感じます」


 欠片と、さらに先へ続く感覚。

 それが何を意味するのかは、まだ何も分かってはいない。実体の正体も分からないままだ。

 それでも俺たちは曲がり角の先へ入り、筋の根元まで来た。持ち帰って調べられるものも手に入った。


 ここから先へ行けば、実体が退いた岩陰へ踏み込むことになる。

 俺が知りたいからといって、家族をそこへ連れて行く理由にはならないな。

 我が儘を通すにしても、ここまでだ。


「今日はこれを持って戻ろう」


 俺が言うと、ヘレンがすぐに頷いた。


「それがいい。アタイが先に戻る」

「はい、親方」

「分かりました」


 俺は灯りをリケへ返す。リケがそれを受け取り、来た側の床を照らした。

 ヘレンが曲がり角へ向けて歩き出す。

 リディが続き、リケは欠片を握り込んだまま、その後ろへ下がった。


 俺は最後に、淡い筋へ目をやった。

 そのとき、ずっと先の暗がりから、低い音が一度だけ響いた。

 腹の底へ沈むような重い音だった。だが、続く物音はない。

 ヘレンも足を止めず、俺たちは来た側へ歩みを進める。


 今得たものを持ち帰り、調べる。その上で、またここへ来るかどうかを決めればいい。

 そう思いながら、俺は抜いたままだった〝薄氷〟を静かに鞘へ収めた。

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― 新着の感想 ―
エピソード1100話達成おめでとうございます! 気がついたら、いつの間にかそんなに書かれていたんですね。 これからも無理せず頑張ってください!
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