坑道1
そのとき、リディが息を吐いた。
「エイゾウさん。圧は……『実体』が退いても、奥へ続いています」
「あの実体と同じものかは?」
「分かりません。近くにあった実体が動いたことで、感じ方は変わりました。でも、奥に続く感覚までは消えていないようです」
鉱物らしき筋は、実体が退いた先にある。リディはその先には圧も残っている、と言っているのだ。
あとたった数歩踏み込む、という考えが急に重さを感じるものになった。
その数歩が、ただ岩壁へ近づくための数歩ではなく、何者か分からない実体が身を引いた先へ自分から踏み込む数歩になってしまったからだ。
あの暗がりから、またそいつが出てこない保証はない。別のものがいない保証もない。狭い曲がり角の向こうで押し込まれれば、確認した足場まで戻るだけでも手間取るだろう。
四人で無事に帰る。
不安要素が一つでもあれば、無理はしない。
坑道に入る前に決めたことが、頭の中に浮かんでくる。
俺は曲がり角の先を見て、それからリケの灯りが照らす平たい岩までの退路を見る。
もう一度、奥と退路の間で視線を往復させる。
〝薄氷〟の柄にかけた指へ、知らず力が入った。俺はその力をゆっくり抜く。
正直に言えば、情報が欲しい。あの筋が何なのか、今すぐ知りたい。
だが、その気持ちだけで3人を前へ動かしていいはずがない。あの何かを少し退かせたからといって、安全になったわけではないからな。
今は、曲がり角へ踏み込むための条件が足りない。
俺は考えた。平たい岩までの退路を保った位置へ下がり、そこを基点にする。戻る足場をもう一度確かめ、灯りをどこまで寄せられるかを見る。手元の道具で岩壁を調べられるのかも、落ち着いて考える。それでも危ないと判断したなら、そこで坑口へ引き返せばいい。
今見えた鉱物の筋は、
「曲がり角の先へは行かない」
俺は三人へ告げた。
「平たい岩まで退ける位置に下がる。そこから足場と灯りの置き方を確かめ直そう。あの筋を調べるのは、その準備ができてからだ」
「それがいいな」
ヘレンが頷いた。
「アタイが先に下がる。リケは足元を照らせ」
「わかった」
リケは頷いて、灯りを退路へ向けた。
「私も後ろの様子を見ます」
リディが続ける。
ヘレンが曲がり角を見据えたまま、確かめた岩へ一歩下がった。足場に問題がないことを確認してから、俺へ目で合図する。
リディとリケが、その後へ続いた。リケの灯りが、濡れた床と踏める岩を途切れず照らしている。
俺は三人が平たい岩まで退ける位置へ下がったのを見てから、最後に後ろへ足を運んだ。実体がいた隙間へ〝薄氷〟を向けたまま、確認済みの岩へ靴底を置く。
俺たちが退路を保てる位置まで戻ったところで、暗がりの奥から、コス、と小さな音がした。
先ほどの水音とも、あの何者かとも違う。俺は〝薄氷〟を握ったまま、三人に言った。
「今度は、あの先を調べる準備をしてから進もう」
返ってきたのは、頷きという返事。直ぐに戻ろうという話が再び頭をよぎったが、今はもう少しだけ家族に我が儘を聞いて貰うことにしたのだった。




