廃鉱3
ヘレンは水たまりの様子を窺ってから言った。
「そこの水際は踏むな。ちょっと影になってるか……灯りをくれ」
「はい」
リケが背負い袋から灯りを取り出した。リディがそれに魔法で火をつけると、リケは灯りを胸より少し高く掲げる。
灯りは濡れた壁や水溜まりから離した位置を保ちながら、入口の内側を照らした。
「親方、灯りはこのままわたしが持ちます。あの平たい岩なら、足を置けそうですよ」
灯りの先には、水を避けられる岩があった。
「分かった」
俺はヘレンの通った右側へ入り、リケが示した岩へ片足を乗せる。ゆっくり体重を移してみたが、岩は沈まず、ぐらつきもしなかった。
俺の後からリディも坑内へ入る。入口の内側で立ち止まった彼女は、灯りの届かない奥へ目を向けた。
「エイゾウさん。坑口で感じていた圧は、奥へ続いています」
「前より強いか?」
「いえ、今のところは、続いていると分かるだけです」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。リディに分からないものを、俺が勝手に形にできるはずもない。
石を探すより先に、この坑道が未だ人を受け入れられるのかを確かめる。深追いしないためにも、その判断材料が必要だった。
中の様子は、外から想像していたものとは少し違っていた。
坑口の脇では、排水路が泥と小石に塞がれ、水が岩の隙間から細くにじみ出していた。だが坑内の水は、床を一本の流れとなって走っているわけではない。
壁の低いところから。岩と岩の継ぎ目から。古い支柱の脇から。
水はあちこちで不規則ににじみ出し、落ちた雫が小さな水溜まりをつくっていた。水滴の音も、一つの場所から聞こえるのではなく、灯りの届かないあちこちで鳴っている。
「照らす場所を変えますね」
リケは灯りを少し横へ動かし、水面の反射で足元を見失わないようにした。
「次は、そこの岩を踏んでください。左の黒いところは、水が溜まっています」
「わかった」
俺たちはリケの灯りを頼りに、わずかずつ進んだ。
支柱はどれも古く、黒く傷んでいる。表面に割れ目の入ったものもあったが、灯りの届く範囲では、最近折れたような、割れたところが明るい色の木は見当たらない。床の泥にも、人の靴跡らしいものはもちろん、獣の足跡らしいものもなかった。
ヘレンは前へ進むたび、支柱を避け、頭上の岩と足元を順に見ている。すぐに危ない場所ではなさそうだが、少しでも怪しいところへ踏み込む気はないらしい。
それでも、足を置ける岩は続いていた。
坑外で見た崩れかけた入口だけでは分からなかったことが、少しずつ見えてくる。水は厄介だが、出方が分かれば避けようもある。頭上も、今見えている範囲に限れば、すぐ崩れそうには見えない。
坑道は少し先で、わずかに右へ曲がっていた。
ヘレンが曲がり角の手前で立ち止まる。壁際の岩を見てから、頭上へ目を上げた。
その背中の少し後ろで、リディが暗がりの向こうを見つめた。
「圧は、あの先にも続いています」
ここまでの確認だけなら、もう少し先まで足を伸ばせるかもしれない。
そう思った、そのときだった。
ぽつり、と水滴が落ちる。
その音に混じって、コチリ、と小さな音がした。
前日に聞いた『ゴッ』とは違う。軽い石が、岩の上を擦ったような音だった。一度だけ。曲がり角の向こうから聞こえた気がする。
ヘレンの手が上がり、みんなの進む動きが止まる。
リケは灯りを前へ突き出さず、水気から火を守れる位置に留まった。
曲がり角の先には、灯りが届いていない。
さっきまでなら、この坑道がどこまで歩けるかを確かめるだけのつもりだった。
だが、ここから先は確認だけのつもりでは進めないかもしれない。
俺はまだ、戻るとも進むとも言わなかった。
灯りの円の外に、曲がり角の向こうだけが残っていた。




