廃鉱2
坑口に背を向けて歩き出してから、誰も口を開かなかった。
濡れた土を踏み、靴底の下で石が傾かない場所を選びながら、俺たちは旧道を戻る。先頭のヘレンは進む先を見て、次には足元へ視線を落とし、ときおり背後の気配を確かめた。
リディは何も言わず、その後ろを歩いている。坑内で感じた圧のようなものが、まだ意識に残っているのかもしれない。
俺には、彼女の横顔がいつもより少し硬く見えた。
リケも黙ったまま、露出した石を避けて進む。俺は最後尾から、3人の歩みと足元を見ていた。
分かれ道の手前まで戻ったところで、坑口から十分に離れ、日没までに落ち着けそうな場所を選んで足を止める。
「今日はここにしよう」
俺が言うと、3人がそれぞれ頷く。
パパッと寝るところだけ決めると、焚き火を手早く用意する。火はあまり大きくしない。荷はすぐ手の届くところへ置いた。
食事も必要最低限、火を通さずに食べられるものを手早くとる。今は身体を休めて、明日は存分に動けるようにしておくほうが大事だからな。
食事をとりながら、簡単に話をする。ここまでの風景の話は誰もしなかった。
「今夜の見張りはどうする?」
俺が尋ねると、ヘレンが事もなげに言った。
「街道からは十分離れてるし、道の様子から見て、誰も通らないみたいだから、ここならいらないんじゃないか? 何かが近づいたらアタイがすぐにわかるだろうし」
「ふむ」
今はほとんど「元」がついているとはいえ、つい最近まで現役の傭兵だったヘレンの言うことだし、それならば良いか、と今夜は見張りを置かないことになった。
「リディは大丈夫か?」
「ええ、ここならそこまで厳しくないので」
「ならいいんだが。しかし、〝人除け〟の魔法をこういうところで使えると良いんだがなぁ」
俺は唇を尖らせた。リディが久しぶりにクスリと笑う。
「あれは住居にかけるものですからね」
「ここでたった1日飯を食って寝るだけじゃ住居とは言えないか」
俺が小さく笑うと、皆も少し笑った。
俺は少し気を引き締めて続ける。
「明日は中へ入る。だが、不安要素が一つでもあれば戻るぞ」
「ああ」
「はい、親方」
「分かりました」
それだけ決めると、あとは静かに夜を越えた。
目を閉じても、坑内から響いた『ゴッ』という鈍い音は、しばらく耳の奥に残っていた。けれど考えたところで、暗い穴の向こうに答えが出るわけでもない。
気がつけば、意識は闇の底へと沈んでいった。
次に目を開けたときには空が十分に明るくなっていた。
俺たちは荷を背負い直し、旧道を引き返す。知っている道ではあるので、再びの往き道はスムーズに進めた。
昨日見た坑口が、今も岩肌の根元で黒く口を開けている。近づくにつれ、湿った冷気が外へ流れ出しているのが分かる。
今日は、昨日より早い時間にここへ来られた。多少奥まで行っても、引き返す時間が十分あるだろう。
「戻る時間を残して、入口の中を見ておこう」
俺が言うと、ヘレンは坑口を見上げて頷いた。
「よし。アタイが先に入る」
ヘレンは身をかがめ、狭い隙間へ身体を滑り込ませた。入口の内側で一度止まり、脇に残った腐りかけの支柱へ手を添える。
ただし、体重を預けることはしない。支柱の傷みを目で確かめると、今度は頭上の岩へ視線を移し、足元の水溜まりを覗き込み、未知の領域への一歩をいよいよ踏み出したのだった。




