暗い口
坑道の奥からは、ぽつり、ぽつりと水滴の落ちる音だけが響いていた。
坑口の前に立つと、数歩先で光が途切れ、その先は闇に沈んでいる。明かりをつけても良いのだが、今日は奥まで行くつもりも無いし、それは止めにしておいた。
火をつけること自体は魔法でなんとかなるが、最低限だけ持ってきている以上、燃料の消費はなるべく抑えたいしな。
その闇を見つめたまま、リディが口を開いた。
「エイゾウさん」
「どうした?」
「街道を進んでいた辺りで感じていた重さと、同じもののようです。ここに来て、それがはっきり分かるようになりました」
とても落ち着いた声だった。
「外へ流れ出しているのではなく、奥の方に溜まっていってる感じがします。圧のようなもの、というか……」
それが何であるかまでは、リディは言わなかった。
「澱んだ魔力か?」
「いえ、それとは違います。あれはもっと感覚が違いますので」
「なるほど、確かに澱んだ魔力ならすぐ分かるだろうしな」
「ええ」
リディは小さく頷く。これも明日に確認するしかないな。
坑口あたりの濡れた地面をリケが足先で突いて言った。
「親方、見た目よりだいぶ地盤が緩んでますね。この崩れ具合と出水だと、中に入ってからの足場や退路がどうなってるか読み切れません。日没までの時間を考えても、やっぱり今日中に中を確かめる余裕はないと思います」
ヘレンは、坑口を支える傷んだ木組みを見上げてから、短く言った。
「今、急いで入る理由はないしな。今日はここまでだな」
「そうだな。今日の目的だった坑口の位置と、入る前の注意点は分かった。ここは一旦引こう」
探している石への関心がないわけではない。
だが、崩れかけの入口と、いつ抜けるか分からない濡れた足場、それにヘレンが妙だと言っていた獣の避け方を差し置いてまで急ぐ理由はない。
「明日、明るいうちに戻れるよう準備を整えてから、改めて入ろう」
「はい、親方」
リケが応え、リディとヘレンも黙って頷いた。
俺たちは撤退にかかった。ヘレンが先頭に立ち、少しでも固い地面を選んで坑口から離れる。リディが続き、リケ、俺の順で濡れた土と不安定な石を避けながら向きを変えた。
二歩ほど土を踏みしめたところで、それは聞こえた。
『ゴッ』
坑内の奥から、鈍い一音が響いた。先ほどまでの水滴とはまるで違う、重い何かが硬い岩に当たったような残響だった。
四人は同時に足を止めた。ヘレンが鋭く振り返ったが、武器には手を伸ばさない。リケは動かず、坑口を見ている。リディの横顔が、わずかに固くなったのが見えた。
続きはなかった。再び、ぽつり、ぽつりという水滴の音だけが戻ってくる。
俺はもう一度、暗い坑口へ目をやった。あの奥に、俺たちの探している石があるのかもしれない。だが今、無理に答えを求める必要はない。
――石だけを相手にするつもりでは、済まないかもしれないな。
そんな思いを胸の奥に残しながら、俺は坑口に背を向けた。
俺たちは、草に埋もれた旧道を、来た道の分かれ目へ向けてゆっくりと引き返していった。




