廃鉱1
街道を速度としてはのんびりと北へ進んできた馬車は、昼を少し過ぎたころ、丘へ向かう浅い谷筋の手前で止まった。
道の脇には、草に覆われかけた細い轍が残っている。街道から分かれ、丘と丘の間へ入り込んでいく古い道だ。北へ品を売りに行く途中のフランツさんは、街道沿いの小さな集落で聞いた話を頼りに、この分かれ道まで俺たちを送ってくれた。
「この旧道を抜ければ、鉱山のあった岩場へ出るそうです」
御者台から周囲を見回しながら、フランツさんが言う。
俺は頭を下げつつ、それに応えた。
「ありがとうございます。あとは自分たちで行けます」
今日の目的は、坑内へ踏み込むことではない。話に聞いた石が本当にこの廃鉱山に関わるものなのか、その入口と周囲の様子を見て確かめるつもりだ。
俺たちは馬車の脇で荷を下ろした。それぞれの荷物を背負い直す。リケは背負い袋の留め具を引き、リディは外套の裾が足に絡まないよう整えていた。
「戻るとき、この分かれ道を見落とさないようにしてください」
「分かりました。フランツさんもお気をつけて」
「ええ。皆さんも」
フランツさんはそう答え、馬の首を軽く撫でた。彼はすぐに手綱を取り直し、馬車を北へ向ける。俺たちはしばらく手を振って見送っていたが、車輪の音は街道の先へ遠ざかり、しばらくすると風の音に紛れていった。
俺たち4人は、フランツさんを見届けた後、草に埋もれた旧道へ足を踏み入れた。
丘の間へ入っていくほど、道は荒れていく。かすかな轍のようなものが残っているものの、どこから水が来ているのか、湿った土の下には石が埋まり、踏む場所によっては靴底が滑った。
「これは荷車じゃ無理だな」
「徒歩なら辛うじて、か」
「そうだな」
ヘレンと俺はそう言って頷きあう。
これはクルルを連れてこなかったのは正解だろうな。他意はないがアンネも足下が悪いと動きにくそうにしているときがあるし、彼女も来なかったのは選択として正しかったようだ。
リケの様子も気にしつつ先頭を行くヘレンは、草の根元や岩陰の土を見ながら進んでいる。
何かを追っているというより、この辺りを何が通っているのか確かめているようだった。
道の先で木々が途切れ、斜面の岩肌があらわになる。その根元に、黒い裂け目が見えた。左右には、土に半ば埋もれた古い木組みが残っている。朽ちた柱は斜めに傾き、支えの役目を失って久しいらしい。
岩肌には、人の手で削ったような跡が一定の間隔で残っていた。
「坑口みたいですね」
リケが静かに言った。
「ああ。自然の穴じゃないな」
遠くからは地形の切れ目にしか見えなかったが、近づけばはっきり分かる。
ここは、かつて人が掘った鉱山の入口だった。
坑口までの短い道にも、湿った石が転がっていた。リケがその一つへ靴先を当てると、石は小さく傾いた。彼女はすぐ足を引き、次に踏む場所を確かめながら進む。
「親方、このあたりも足場が悪いみたいです」
「分かった。急がず行こう」
「はい」
坑口の前まで来ると、その狭さがよく分かった。落石と土が両側から押し出され、大人一人が身をかがめて、ようやく通れそうな隙間しかない。残った支柱は黒く傷み、岩に寄りかかっているだけだった。
脇には石組みの浅い溝がある。本来は坑内から出る水を流す排水路のようなものだったのだろう。
しかし、その溝は泥と小石で塞がれ、水はそこを通らず、岩の隙間から細くにじみ出していた。
このあたりの水はここから……いや、あの様子だと他からも漏れ出しているんだろうな。
水を吸った土は黒く、表面だけでは固いのか、下が抜けているのか分からない。
俺は腰の〝薄氷〟の柄に一度だけ手を触れた。位置を確かめただけで、抜くことはしない。
ヘレンが坑口の脇へ回り、しゃがみ込んだ。泥の縁には、ここまでの道で見かけたような小さな足跡がない。草を踏み分けた跡も見当たらなかった。坑口から少し離れた場所には獣道らしい筋があるのに、その先だけが不自然に途切れている。
さらに、坑口の周りだけ草がまばらだった。
ヘレンは草の薄い地面と暗い穴を見比べ、低く言った。
「獣たちの避け方が妙だな」
俺たちは誰もすぐには答えなかった。
岩場で草が育ちにくいことはある。水気が多いせいかもしれない。
だが、獣の痕跡が消える範囲と、草の薄くなる範囲が重なっているのは気になった。
「もう少し辺りの様子を見てこよう」
そろそろ太陽がその仕事に見切りをつけようとしている中、俺たちはぽっかりと空いたその口の前で頷きあった。




