行く道3
俺が眠りに落ちてから、どれほど経ったのか。
ふと目を開けると、夜の黒がまだ野営地を包んでいた。幌の影は黒く、草の先には夜露が重い。近くでは誰かの静かな寝息がして、焚き火だけが、時折小さく赤い芯を見せていた。
そっと身体を起こしてみると、俺たちの他には人影もない。変な物音もない。馬も落ち着いたまま、低く息をしている。
そうあるのが当然なはずなのに、まずそれを確かめられたことに、俺は少しだけ肩の力を抜いた。
火のそばにはリディがいた。膝を抱えるようにして座り、暗い北のほうへ目を向けている。俺が身を起こした気配に気づくと、こちらを振り返った。
「エイゾウさん。起こしてしまいましたか」
「いや、俺の番だろ。代わるよ。何か変わったことはあったか」
「いえ。周りは静かでしたよ。馬も、人の気配も、特に変わったところはありませんでした。夜通し街道を行く人も今夜はいないようです」
リディは一度、焚き火へ視線を落とし、すぐには立ち上がらない。その様子で、まだ何かあるのだと分かった。
「ただ……北の方角に、街道で感じていた流れとは少し違うものがある気がします」
「違うもの?」
「はい。少し重く感じる、と言えばいいのでしょうか。でも、はっきりしません」
リディの声は、細い声ではあったが、怯えた調子ではない。
「何なのかは、私にも分からないんです。気のせいかもしれませんし、今はまだ……そこまでしか言えません」
「そうか」
俺は北を見る。そこにはうっすらと黒い丘の稜線があるだけだった。目を凝らしたところで、それ以上のものは見えない。
リディが分からないと言うなら、俺に分かるはずもない。今すぐ皆を起こして確かめに行くようなものでもないだろう。
分からないものに急いで近づくより、まずは一晩を無事に終えるほうが大事だ。
「起きたら皆にも伝えておこう。気になるなら、無理はしない」
「はい。ありがとうございます」
「曖昧でも、聞いておけてよかったよ」
リディは少しだけ目を和らげた。
「では、休みますね。何かあれば、すぐに起こしてください」
「ああ。お疲れさま」
リディは自分の包みのそばへ戻り、静かに横になった。
俺は焚き火の前にしゃがみ込む。
火は朝まで保たせればいい。ここで薪を足して大きくすれば、あとで始末が面倒になるだけだろう。赤く残った薪を寄せ、崩れかけた炭を内側へまとめる。消えかける火を無理に育てず、燃え残りが周囲へ転がらないように整えた。
鍛冶のときとはまるで違う、小さな火だ。
それでも、扱いを間違えれば危ないことに変わりはない。
火を見届けてから、足音を立てないよう馬車のほうへ回った。
フランツさんは幌のそばで眠っている。起こさないよう気をつけながら、馬の様子だけを見る。馬は首をゆるく下げ、落ち着いて立っていた。手綱は乱れていないし、荷にも目立つ崩れはない。
本格的に見るのは、フランツさんが起きてからの仕事だ。御者でもない俺が、あれこれ触って余計な手間を増やすこともないな。
火のそばへ戻ると、空の端がほんの少し白み始めていた。
日森よしの先生によるコミック版32話②が公開されました!
魔物討伐隊遠征編もいよいよ終わりのただいまの回です。
https://comic-walker.com/detail/KC_002143_S/episodes/KC_0021430004000021_E?episodeType=first




