行ってきます
ハヤテに手紙を託し、空を舞うその姿を見送った後、俺にできることはほとんど残っていなかった。
遠征の役割も、携行する荷も、昼のうちに一通り確かめてある。今さら中身をすべて出し、並べ直して検品を繰り返しても、迷いが増えるだけだろう。
乗り合いさせて欲しいとの要請に対するカミロからの返事がOKでもダメでも、とにかく返事が来るまではジタバタしても仕方ないな。
そう思いつつも、晩飯の準備も気もそぞろにしていると、
「キュイッ」
と声が聞こえてきた。準備をほぼ終えていた晩飯を放り出して外に出ると、そこには帰ってきたハヤテがいた。
「よしよし、ご苦労さん」
そう言って撫でてやると、ハヤテは頭を擦りつけてくる。
早速脚の筒を外してやったが、やはり中には何もない。ということはアラシが返事を持ってきてくれるのだろう。
まだもう少し、俺の落ち着かなさは続くらしい。
それをなんとか抑えながら、俺は晩飯の仕上げに戻った。
そして翌日、陽が中天に差し掛かろうとする頃。休みにしてしまい、まんじりともせず過ごしていると、庭にバサリと力強い羽音が響いた。
ハヤテとは違う、聞き慣れた重量感のある着地音。小窓から外を覗けば、伝言板の上にカミロ側の伝書竜であるアラシが降り立っていた。
俺は外へ出ると、アラシの頭を一度だけ優しく撫で、その脚に括り付けられた筒を外した。中から丸められた薄い紙を取り出し、広げる。そこには、カミロの文字が並んでいた。
『北行きの行商馬車、相乗り可。集合場所は、〝黒の森〟の入り口。日時は明後日の朝。費用は追々。荷が優先となるため、各自が持ち込める量には限りがある。予備の余分な荷は載せられん』
これで手配はついた。だが、最後の文章を見るに、馬車の積載には制限がある。
俺たちが持てるのは、自分たちの足で運び、背負い続けられる最小限の分だけだ。
考えてみれば当たり前で、売りものは少しでも多く運んだ方が良いに決まっている。そこへ大人4人――一般的な大人と比べると随分軽いのが2人いるが――とその荷物分も余計な重さを乗せてくれると言うのだから、ありがたいと思わねば。
俺は空になった筒をアラシの脚へ括り直し、空へと戻るその背を見送った後、家の中へと声をかけた。
荷の再選別作業は、俺、リケ、リディ、ヘレンの四人だけで行った。
部屋の床に、昨日までに用意していた荷物を一度広げる。できるだけ少なく
「はい、親方。この大きな採取用具一式は、思い切って置いていきましょう」
リケが真っ先に、大きな金槌などを脇へ避けた。
「採取量を増やすことより、限られた荷で確実に確認ができることを優先した方がいいですね、親方。小槌と鑿、それから小分けにできる保存容器。暗い坑内を想定した灯りがあれば、最低限の仕事はできます。それ以外は重荷になるだけです」
「ああ、それでいい。頼む、リケ」
「はい、親方」
俺が頷くと、リケは手際よく荷を仕分け始めた。採取の成果を追うのではなく、確実な一歩を踏むための道具選びは冷静だなと思う。
リディは、整理された荷の並びを静かな眼差しで見つめていた。そして、一言だけ俺を見た。
「エイゾウさん。魔力の様子がおかしければ、入り口の前であっても、探索を止めることにしましょう」
「……そうだな。異変があれば深追いはしない。入り口で引き返す選択肢も持っておこう」
リディの言葉は、得体の知れない脅威への不安を煽るものではなく、あくまで遠征の運用原則としての確認だった。無理をしてまで石を得るつもりはない、という俺の考えを、彼女は汲み取ってくれている。
ヘレンはやや厳しめの眼差しで言った。
「馬車に乗れるからって気を抜くんじゃないぞ、エイゾウ。目的地へ着くまでの移動中も警戒のうちだ。アタイは街道の上でも、気を緩めるつもりはないからな」
「分かってる、ヘレン。頼りにしてるよ」
随分とスリムになった荷物を見て、俺は最後にもう一度、三人に言葉を贈った。
「少し探しても見つからなければ、そのまま引き返す。石を確保するのは大事だが、それよりも四人で無事に帰ってくることだ。いいな」
「はい、親方」
「承知しました、エイゾウさん」
「ああ」
かつて魔物討伐隊についていったときは、マリウスの演説があったなと思い起こす。
まあ、アレは必要だからやっていたのだろうけど、やはり俺には似合わないな。
そして、出発の朝。
いつものように娘たちと湖へ向かい、水汲みを済ませる。朝食は無発酵パンとスープという簡単なものであったが、遠征に必要なエネルギーとして最短の時間で腹に収めた。鍛冶仕事の打ち合わせも、炉や火床への点火もない。
工房の神棚へ向き合い、手を合わせる。旅に出る四人が、欠けることなくこの場所へ戻ってこられるようにと、簡潔に安全を祈った。
家を出る直前、俺は腰に差した日本刀〝薄氷〟の柄に一度だけ手を触れた。
なんとなく、いつもとは違うんだな、と言う気分になってきた。
「それじゃあ、いってきます」
俺がそう言うと、サーミャ、ディアナ、ヘレン、そして娘たちが言ってくれた。
『いってらっしゃい』
それ以外の言葉はない。俺たちが無事に戻ってくると、そう思ってくれているからだ。
何か返そうとすると、泣いてしまうかもしれないので、俺はひらりと手を振って、それに応えた。
日森よしの先生によるコミック版第32話①が公開されております!
https://comic-walker.com/detail/KC_002143_S/episodes/KC_0021430004000011_E?episodeType=first
フレデリカ嬢が可愛い回ですね。どうぞご覧ください!!




