調査開始
蓋を開けた遺物の内部を覗き込み、俺は木の板をバインダー代わりにして、紙に炭筆を走らせていた。
複雑に噛み合う精巧な歯車と、その奥に配置された緑がかった平らな板。表面には金色の細い線が幾何学的な模様を描き、所々にキラキラしたものが規則正しく配置されている。
前の世界で見た電子回路の基板によく似ているが、電池らしきものは見当たらない。吸排気管に繋がりそうなものがあったし、ボルトで留まっていたこともあって、俺はこいつはエンジンかと思っていたが、どうやら違うらしい。
基板のようなものについても、この線がどういう回路を形成しているのか、具体的な仕組みまではさっぱり分からない。プログラミングの経験はあるが、回路の方はほんの少ししか触ったことがないからな……。
しかし、これがただの飾りではなく機械を制御するための「頭脳」なのだろうということだけは直感で理解できた。
「親方、その板の模様、なんだか目が回りそうですね」
隣で覗き込んでいるリケが、感嘆と戸惑いの入り混じった声を漏らす。
「ああ。俺たちじゃ仕組みも分からないし、下手に触って壊したら元も子もないからな。今はこうして、形と配置だけを描き写しておくのが無難だろうな」
そう言って俺がスケッチを続けていると、背後からカン、カン、というリズミカルな鎚の音が響いてきた。
振り返ると、赤々と火が熾る火床の前で、サーミャとディアナが並んで金床に向かっていた。今日は俺とリケがこの遺物の調査にかかりきりになるため、他の家族たちは一般モデルのナイフ作りをしている。
「そらっ!」
サーミャが鎚を振り下ろす。力強い打撃で赤熱した鋼が伸びる。
「さすがねぇ」
ヤットコで板金を抑えているディアナが言った。ディアナも飲み込みが早いのでだいぶできるようにはなってきたのだが、まだサーミャの方が上手かな。単純に獣人で筋力がある、ということもあるけど。
火床の脇では、リディがふいごの風量を調整しており、ヘレンとアンネは板金作りに精を出していた。
「みんな、なかなか堂に入ってきたじゃないか」
俺が微笑ましく思い声をかけると、ふいごを動かしていたリディがふふっと笑った。
「エイゾウさんやリケさんの手際に比べたら、まだまだお遊びのようなものですけれどね。でも、こうやっているのもいいものです」
「おう! アタシたちに任せとけって。これくらいならバッチリ仕上げてみせるぜ!」
サーミャが額の汗を拭いながら、得意げに胸を張る。
その光景を見つめながら、俺は再び手元の遺物に視線を戻した。
600年前にこれを作った「先人」は、おそらくたった1人か、いたとしてもごく少数の仲間だけでこの緻密な機械を組み上げたのだろう。
その目的までは今は分からないが、チートを使い、この世界の現状を大きく越えたものを作ってまでやりたかったことなのは確かだ。
そこまで考えて、ふと俺は思う。先人も何かを守りたくて、これを作ったのかもしれないと。
今そう言うものを作れば家族皆が助かるとなれば、悩みこそすれ俺は作ってしまうだろう。
そう、先人が篭めたかもしれないものに思いを馳せていると、
「そろそろお昼にしない? お腹が空いてきちゃった」
ディアナが鎚を置き、軽く肩を回しながら言った。
ふと見れば、鍛冶場の小窓から差し込む光がすでに昼時の角度になっている。
「そうだな。少し休もうか」
俺は炭筆を置き、遺物にそっと分厚い布を被せた。
作業場から家のかまどへ移動し、手分けして昼飯の準備にとりかかる。朝にたっぷり仕込んでおいた豆と根菜のスープをかまどで温め直し、そこへ細かく刻んだ干し肉を足してやる。少し硬くなった朝の無発酵パンも、この熱くて旨味の溶け出したスープに浸せばちょうどよくほぐれる。
皆でテーブルを囲み、「いただきます」と声を合わせる。
サーミャたちがする今朝の苦労話を聞きながら、温かいスープとパンを腹に収めていく。いつもと変わらない、やかましくて穏やかな食事の風景。
得体の知れない古代の遺物を抱え込んでいても、この〝いつも〟の生活だけは守っていきたいなと、脳裏に遺物の姿をよぎらせながら、俺はパンを口に放り込んだ。
7/10(金)に最新14巻が発売になります。「秘密のインク編」の最後までと、断章としてサーミャとジョランダが関わる書き下ろしも収録されています。
電子版の予約も始まっており、書店様の特典も公開されておりますので、ご確認とご予約いただけますと嬉しいです。
https://kadokawabooks.jp/product/kajiyadehajimeruisekai/322603000350.html




